・・・しかし、ただ、食うものがない辛苦をしのいだだけであったなら、それがどんなに酷かったにしろこれらの不幸な兵士たちは、まだ、人間として生きてゆく精髄的なよりどころは失わないですんだであろう。食糧事情に絡んで、或る場所では、人々をおどろかした残忍・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・ 長篇・短篇と形の上での区分けが枝葉であるということも、作品の持ち味だとか、境地だとか、そんなものの翫味に散文としてこの小説の精髄はないと云われることも、それとして聞けば十分うなずけると思う。古来、本当に人間の肺腑にふれた文学作品で、た・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・ものを美しく精髄的につかうわざを会得してゆきたい。美しいものもそれが一定の関係の下では醜いものと転化してゆく、その瞬間に対して敏感でありたいとも願うのである。〔一九四一年七月〕 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・健康な人間が健康な人間を殺戮するために科学の精髄をつくして研究している、その莫大なエネルギーと費用の幾分でもが、人類にとって不幸きわまりないこの病菌からの解放のためにふりむけられることこそ、ヒューマニティーの義務であると思わずにいられない。・・・ 宮本百合子 「病菌とたたかう人々」
・・・その数日は、それまでの数年間のくらしの精髄が若松のかおりをこめた丸い露の玉に凝って、ひろ子の心情に滴りおちるような日々であった。「――チェホフが、おくさんのクニッペルにやった手紙およみになった?」 ひろ子は、封筒の中へ、原稿をしまい・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・だが、吉行エイスケが中国の日常風景を作品に盛る場合、作者にとって主要な精髄は、銀座にあるとは種類の変った現代中国エロ・グロ風景だ。資本主義化された海港都市にあって一層グロテスクであるところの中国苦力に乞食。エロチックであるところの植民地中国・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学における国際的主題について」
・・・ 文芸評論家としてのベリンスキーの生々とした精神の精髄がここに現れている。ベリンスキーという人の存在が人類の発展にどういう歴史的な価値をもたらしたかということを理解する鍵がここにかくされている。そして、これらの明らかな理性と人間社会の未・・・ 宮本百合子 「ベリンスキーの眼力」
・・・文学作品のいのちは、訳しにくいような表現のなかに案外ふくまれているとも云えるのだから、もしそうだとすれば、私たちは読者として、云わば一番その作者らしくその作品らしい精髄はぬきすてたあとの、至極常識的な語感でもわかる部分だけ買わされ、よまされ・・・ 宮本百合子 「翻訳の価値」
・・・四月六日の『読売報知』には、ヒトラー、ムッソリニ礼讚の自著『世界の顔』についての、外人記者との対談で、「武士道は日本精神の精髄で、ナチス精神との間には多分の近似性がある」と、心ある全国民を戦慄させる断言をしている。ヨーロッパ、アメリカの政治・・・ 宮本百合子 「矛盾とその害毒」
・・・「過去数世紀に亙ってヨオロッパ人は、どんな困苦にも耐える決心で東洋の宝を――絹や硬玉の財宝や、あるいは哲学の精髄をヨオロッパに持ち帰ろうとしてやって来た。ところが、いままで自分たちの最も誇りとしていた何物かを失わずに獲物だけを得て帰ったもの・・・ 宮本百合子 「「揚子江」」
出典:青空文庫