一 掃除をしたり、お菜を煮たり、糠味噌を出したりして、子供等に晩飯を済まさせ、彼はようやく西日の引いた縁側近くへお膳を据えて、淋しい気持で晩酌の盃を嘗めていた。すると御免とも云わずに表の格子戸をそうっと開け・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・私は極端に糠味噌くさい生活をしているので、ことさらにそう思われるのかも知れませんが、五十歳を過ぎた大作家が、おくめんも無く、こんな優しいお手紙をよくも書けたものだと、呆然としました。怒って下さい。けれども絶交しないで下さい。私は、はっきり言・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・などでも日本映画としては相当進歩したものではあろうが、しかし配役があまりに定石的で、あまりに板につき過ぎているためにかえってなんとなくステールな糠味噌のようなにおいがして、せっかくのネオ・リアリズムの「ネオ」がきかなくなるように感ぜられた。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・清と云う下総生れの頬ペタの赤い下女が俎の上で糠味噌から出し立ての細根大根を切っている。「御早よう、何はどうだ」と聞くと驚いた顔をして、襷を半分はずしながら「へえ」と云う。へえでは埓があかん。構わず飛び上って、茶の間へつかつか這入り込む。見る・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫