・・・彼等は皆頸のまわりに、緒にぬいた玉を飾りながら、愉快そうに笑い興じていた。内陣に群がった無数の鶏は、彼等の姿がはっきりすると、今までよりは一層高らかに、何羽も鬨をつくり合った。同時に内陣の壁は、――サン・ミグエルの画を描いた壁は、霧のように・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ちょうど当り出した薄日の光に、飾緒の金をきらめかせながら。 三 陣中の芝居 明治三十八年五月四日の午後、阿吉牛堡に駐っていた、第×軍司令部では、午前に招魂祭を行った後、余興の演芸会を催す事になった。会場は支那の村落に・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・フランシスはやがて自分の纏ったマントや手に持つ笏に気がつくと、甫めて今まで耽っていた歓楽の想出の糸口が見つかったように苦笑いをした。「よく飲んで騒いだもんだ。そうだ、私は新妻の事を考えている。しかし私が貰おうとする妻は君らには想像も出来・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・父は、私が農学を研究していたものだから、私の発展させていくべき仕事の緒口をここに定めておくつもりであり、また私たち兄弟の中に、不幸に遭遇して身動きのできなくなったものができたら、この農場にころがり込むことによって、とにかく餓死だけは免れるこ・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・ 姫は、赤地錦の帯脇に、おなじ袋の緒をしめて、守刀と見参らせたは、あらず、一管の玉の笛を、すっとぬいて、丹花の唇、斜めに氷柱を含んで、涼しく、気高く、歌口を―― 木菟が、ぽう、と鳴く。 社の格子が颯と開くと、白兎が一羽、太鼓を、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・が、羽音はしないで、すぐその影に薄りと色が染まって、婦の裾になり、白い蝙蝠ほどの足袋が出て、踏んだ草履の緒が青い。 翼に藍鼠の縞がある。大柄なこの怪しい鳥は、円髷が黒かった。 目鼻立ちのばらりとした、額のやや広く、鼻の隆いのが、……・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・兄は省作の顔を見つめていたが、突然、「省作、お前はな、おとよさんと一緒になると決心してしまえ」 省作も兄の口からこの意外な言を聞いて、ちょっと返答に窮した。兄は語を進めて、「こう言い出すからにゃおれも骨を折るつもりだど、ウン世間・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・そして、粘土細工、積木細工、絵草紙、メンコ、びいどろのおはじき、花火、河豚の提灯、奥州斎川孫太郎虫、扇子、暦、らんちゅう、花緒、風鈴……さまざまな色彩とさまざまな形がアセチリン瓦斯やランプの光の中にごちゃごちゃと、しかし一種の秩序を保って並・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・吃驚してしまったので、それで話の糸口はついた。避難列車で命からがら逃げて来たと聞いて、両親は、えらい苦労したなとしきりに同情した。それで、若い二人、とりわけ柳吉はほっとした。「何とお詫びしてええやら」すらすら彼は言葉が出て、種吉とお辰はすこ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・』 と答えて客はそこに腰を掛け脚絆の緒を解きにかかった。『旦那、東京から八王子なら道が変でございますねエ。』 主人は不審そうに客のようすを今さらのようにながめて、何か言いたげな口つきをした。客はすぐ気が付いた。『いや僕は東京・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
出典:青空文庫