・・・若し、多岐多端の現代に純一に近い生活を楽しんでいる作家があるとしたら、それは詠嘆的に自然や人生を眺めている一部の詩人的作家よりも、寧ろ、菊池なぞではないかと思う。 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・しかしながら同時に一面には労働運動を純粋に労働者の生活と感情とに基づく純一なものにしようとする気勢が揚りつつあるのもまた疑うべからざる事実である。人はあるいはいうかもしれない。その気勢とても多少の程度における私生児らがより濃厚な支配階級の血・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 私達の希望する児童文学は、子供の世界のごとく、純情、素朴にして、その内部に、自から発達の機能を有する、純一の文学でなければならない。この意味において、既成の感情、常識を基礎とする、しかも廃頽的な大人の文学と対立するものでなければな・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・真に、最も親しき者に対してすら、純一ならざるものが、他の何人に対して、よく純一であり得ましょうか。我が階級のためという言葉を疑わざるを得ません。 物質文化は、日に進みつゝあるにかゝわらず、この世の中が、人間的に向上したと言えないのは、真・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・ あのように純一な、こだわらず、蒼穹にもとどく程の全国民の歓喜と感謝の声を聞く事は、これからは、なかなかむずかしいだろうと思われる。願わくは、いま一度。誰に言われずとも、しばらくは、辛抱せずばなるまい。・・・ 太宰治 「一燈」
・・・もっとも一概に完全と云いましても、意味の取り方で、いろいろになりますけれども、ここに云うのは仏語などで使う純一無雑まず混り気のないところと見たら差支ないでしょう。例えば鉱のように種々な異分子を含んだ自然物でなくって純金と云ったように精錬した・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・かくのごとく自己の意識と作家の意識が離れたり合ったりする間は、読書でも観画でも、純一無雑と云う境遇に達する事はできません。これを俗に邪魔が這入るとも、油を売るとも、散漫になるとも云います。人によると、生涯に一度も無我の境界に点頭し、恍惚の域・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・――アンネットが確実に彼のものとなった後、彼は、アンネットの誠実な、熱烈な純一を愛する心を無視した一つずつの肉的な抱擁が、どんなにアンネットの霊魂を傷つけるかまるで考え得なかったのであった。アンネットは、大きな、死ぬばかりの苦痛を味った。・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・男女のぬかるみにつっこまれて生きて来たマリアが、人間と人間との間にあり得る愛というものを知って、その信頼から湧く歓喜の深みへ、わが心と身とをなげ入れて生きるようになった、その純一さが、彼女についての物語に、いつも新鮮な感動を、おぼえさせるの・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
一 網野さんの小説集『光子』が出たとき私共はよろこび、何か心ばかりの御祝でもしたいと思った。出版記念の会などというものはなかなか感情が純一に行かないものだし、第一そういう趣味は網野さんから遠い故、・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
出典:青空文庫