・・・目前の生活の必要に追われず、一定の教養もある若い令嬢の仕事として翻訳はいいと思うけれども、それはジャーナリスティックなものに追われず、同時に文学作品ならその作品の世界の純一さに対する訳者としての敬意を失わないものでなければならないと思う。生・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・より善き、より純一な相互の生活の為に已を得ない事でございましょう。決して、あるべき事ではない。そしてそう云う場合に用いられる法律的権利は、最も慎重な反省と、深い理知的批判を経た後にのみ決定されるべきもので、単純な反抗心や、浅薄な優越を得たい・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・女である故にめぐりあったこの世の惨苦を、女である故にもつことの出来た愛の力で生きぬいて来たこの女詩人はまことに純一無垢に女であって、しかも、詩のなかに響く女は単数である。それはおそらく闘病の生活という特殊な条件からも来ているだろう。その境地・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・性格のひどく異った父と母との間には、夫婦としての愛着が純一であればあるほど、むきな衝突が頻々とあって、今思えばその原因はいろいろ伝統的な親族間の紛糾だの、姑とのいきさつだの、青春時代から母の精神に鬱積していた女性としての憤懣の時ならぬ爆発や・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・無礼を顧ずいえば、彼等は僧として、高邁な信仰を得ようとする熱意も失っていると同時に、芸術的美に沈潜することによって、更に純一な信心に甦るだけの強大な直観も持っていないようだ。自分達の本堂に在す仏を拝んでは、次の瞬間に冷静な美術批評家ぶって見・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・ 無数の青年が無垢純一な心を、欺瞞によって刺戟激励され、欺瞞に立った目的のためにすてさせられた。そのことと、作家小林多喜二が、そのように無惨な特攻隊を考え出すような非人間な権力の重圧からインテリゲンツィアをこめる日本の全人民を解放しよう・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・その問題を抱擁し、こなし、芸術的表現を与えた作者の、芸術家として純一な、全人的な燃焼と昂揚とに感動させられるのでございます。最も貴女らしい文字を透して、私共は、貴女に成り切った貴女の御心を読ませられます。その時、貴女というものは、他の追従を・・・ 宮本百合子 「野上彌生子様へ」
・・・いること、すなわち夾雑観念のないそのものとしての境地にふれている純一を感じ、対象と作者の感覚の「間に髪を入れざる」印象、本性たがわじの芸術を心に銘じられるのだと思う。芭蕉というと枯淡と言葉を合わせ、一笠一杖の人生行脚の姿を感傷的に描くのが俗・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・ 今日、社会の知識は、人格の平等、恋愛の創造性、結婚の純一性などに対して、相当に深まっていると思う。人々は、恋愛によらない結婚の恐るべく恥ずべきことを力説する。真実の愛もない夫婦の生活が、多く、如何程の人格的偽瞞と虚偽に満ちているかを摘・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・ 私共は、何時から人間の生活の、大らかな純一性を求めて来ただろう、そして又、此から先、何時までその燃えるような探求と努力とを続けて行かなければならないだろう。 太古の猶太人は、何の為に、如何う云う心の苦しみから、彼程熱く神を叫んだの・・・ 宮本百合子 「無題」
出典:青空文庫