・・・ と、淳朴な仏師が、やや吶って口重く、まじりと言う。 しかしこれは、工人の器量を試みようとして、棚の壇に飾った仏体に対して試に聞いたのではない。もうこの時は、樹島は既に摩耶夫人の像を依頼したあとだったのである。 一山に寺々を構え・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ その最もいゝ例は、おじいさんや、おばあさんが、毎日、毎夜同じお話を孫達に語ってきかせて、孫達は、いくたびそれを聞いても、そのたびに新しい興味を覚えて飽きるを知らざるも、魂の接触と純朴なる愛情のつながりから、童話の世界に同化するがためで・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・開き、この時よりして茶道大いに本朝に行われ、名門豪戸競うて之を玩味し給うとは雖も、その趣旨たるや、みだりに重宝珍器を羅列して豪奢を誇るの顰に傚わず、閑雅の草庵に席を設けて巧みに新古精粗の器物を交置し、淳朴を旨とし清潔を貴び能く礼譲の道を修め・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・その細君の言うには、田舎のお百姓さんが純朴だとか何とか、とんでもない話だ、お百姓さんほど恐ろしいものは無い。純朴な田舎の人たちに都会の成金どもがやたらに札びらを切って見せて堕落させたなんて言うけれども、それは、あべこべでしょう。都会から疎開・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・何物にかぎらず多年使い馴れた器物を愛惜して、幾度となく之を修繕しつつ使用していたような醇朴な風習が今は既に蕩然として後を断ったのも此の一事によって推知せられる。 明治三十年の春明治座で、先代の左団次が鋳掛松を演じた時、鋳掛屋の呼び歩く声・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・その問題は、それらの純朴な村の娘たちが一心に精密加工をする作業場を村営とするか、個人に対して多すぎる分は村へ寄附すればよいと解決されたのであった。 この間の消息を詳細に眺めると、やはりそこには無量の感慨を誘うものが横わっている。作業場の・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
「貧しき人々の群」は一九一六年、十八歳のときに書かれた。そして、その年の秋中央公論に発表された。「貧しき人々の群」は、稚いけれども純朴な人道的なこころもちと、自然の豊富さ、人間生活への感動にたってかかれている。少女だった・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・など、フランスの婦人作家に珍しい純朴な美しい作品をかいた。 このように、孤児のお針さんであった人が、小説も書くようになったということにはフランスの社会のどこにかある民衆の文化性の高さ、ゆたかさが思われる。マルグリットの文学の真似のしよう・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・今日、自分たちが麗わしい精神の純朴さで歴史の発展的面に従いきれないのが、一つのひねくれであり、日本の野蛮によって刻みつけられた傷であるのは、よくわかっている。しかし、そのひねくれによって自ら苦悩し、その傷の痛みを感じながら、そこまでなんとか・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・沈毅、純朴な若い中国の人民のまもりてたちを思いみることができた。 中国人民の独立の近づきつつあることは、日本の国内情勢に微妙な反応を与えた。一方の力は、日本を防壁として確立させるために一層積極の方法を押しすすめはじめた。それに反して、労・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫