・・・ると国民が一人残らず見物しなけやならん憲法があるのだから、それはそれは非常な大入だよ、そんな大仕掛な芝居だから、準備にばかりも十カ月かかるそうだ』『お産をすると同じだね』『その俳優というのが又素的だ。火星の人間は、一体僕等より足が小・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・よっぽどまいったらしい。素敵に長い、ぐらぐらする橋を渡るんだと思ったっけ。ああ、酔った。しかし可い心持だ。」とぐったり俯向く。「旦那、旦那、さあ、もう召して下さい、……串戯じゃない。」 と半分呟いて、石に置いた看板を、ト乗掛って、ひ・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・の毒な運命に囚えられてるものだから、六朝仏印度仏ぐらいでは済度されない故、夏殷周の頃の大古物、妲己の金盥に狐の毛が三本着いているのだの、伊尹の使った料理鍋、禹の穿いたカナカンジキだのというようなものを素敵に高く買わすべきで、これはこれ有無相・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「いいかエ。「素敵だッ、やんねえ。 女も手酌で、きゅうと遣って、その後徳利を膳に置く。男は愉快気に重ねて、「ああ、いい酒だ、サルチルサンで甘え瓶づめとは訳が違う。「ほめてでももらわなくちゃあ埋らないヨ、五十五銭というんだ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・頭の中の味噌はまた素敵においしいという事になっていた。甚だ野蛮な事には違いないが、その独特の味覚の魅力に打ち勝つ事が出来ず、私なども子供の頃には、やはりこの寒雀を追いまわしたものだ。 お篠さんが紋附の長い裾をひきずって、そのお料理のお膳・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・…………今日は誰も来ないと思ったら、イヤ素的な奴が来た。蘭麝の薫りただならぬという代物、オヤ小つまか。小つまが来ようとは思わなかった。なるほど娑婆に居る時に爪弾の三下りか何かで心意気の一つも聞かした事もある 聞かされた事もある。忘れもしない・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ いつの間にかすっかり夜になってそらはまるですきとおっていました。素敵に灼きをかけられてよく研かれた鋼鉄製の天の野原に銀河の水は音なく流れ、鋼玉の小砂利も光り岸の砂も一つぶずつ数えられたのです。 またその桔梗いろの冷たい天盤には金剛・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・「おや、エステルだって、合成だって、そいつは素敵だ。あなたはどこかの化学大学校を出た方ですね。」「いいえ、私はエステル工学校の卒業生です。」「エステル工学校。ハッハッハ。素敵だ。さあどうです。一杯やりましょう。チュウリップの光の・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・次の日諸君のうちの誰かは、きっと上野の停車場で、途方もない長い外套を着、変な灰色の袋のような背嚢をしょい、七キログラムもありそうな、素敵な大きなかなづちを、持った紳士を見ただろう。それは楢の木大学士だ。宝・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・「ほう、素敵だぞ。テジマア!」 テジマアと呼ばれた皿の上の大きなばけものは、顔をしずかに又廻して、椅子に座ったわかばけものの方を向きました。そして二人はまるで二匹の獅子のように、じっとにらみ合いました。見物はもうみんな総立ちです。・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
出典:青空文庫