・・・Hissarlik の素焼の陶器は自分をして、よりイリアッドを愛せしめる。十三世紀におけるフィレンツェの生活を知らなかったとしたら、自分は神曲を、今日の如く鑑賞する事は出来なかったのに相違ない。自分は云う、あらゆる芸術の作品は、その製作の場・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・と、みんなは、たのしみにして、それを黒い素焼きの鉢に、別々にして植えて大事にしておきました。 ほんとうに、久しぶりで、そのお姉さんからは、たよりがあったのです。そして、その手紙の中には、「のぶ子さんは、どんなに大きく、かわいらしく、おな・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・ そしてそんな物々しい駄目をおしながらその女の話した薬というのは、素焼の土瓶へ鼠の仔を捕って来て入れてそれを黒焼きにしたもので、それをいくらか宛かごく少ない分量を飲んでいると、「一匹食わんうちに」癒るというのであった。そしてその「一匹食・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ と学士が言って、数ある素焼の鉢の中から短く仕立てた「手長」を取出した。学士はそれを庭に向いた縁側のところへ持って行った。鉢を中にして、高瀬に腰掛けさせ、自分でも腰掛けた。 奥さんは子供衆の方にまで気を配りながら、「これ、繁、塾・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・この夫婦は引越しにずいぶん馴れているらしく、もうはや、あらかた道具もかたづいていて、床の間には、二三輪のうす赤い花をひらいているぼけの素焼の鉢が飾られていた。軸は、仮表装の北斗七星の四文字である。文句もそうであるが、書体はいっそう滑稽であっ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 台所の土間の板縁の下に大きな素焼きの土瓶のようなものが置いてあった。ふたをあけて見ると腐ったような水の底に鉄釘の曲がったのや折れたのやそのほかいろいろの鉄くずがいっぱいはいっていて、それが、水酸化鉄であろうか、ふわふわした黄赤色の泥の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・餡入りの餅のほかにいろいろの形をした素焼きの型に詰め込んだ米の粉のペーストをやはり槲の葉にのせて、それをふかしたのの上にくちなしを溶かした黄絵の具で染めたものである。 正面の築山の頂上には自分の幼少のころは丹波栗の大木があったが、自分の・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・そこに巨きな鉄の罐が、スフィンクスのように、こっちに向いて置いてあって、土間には沢山の大きな素焼の壺が列んでいました。「いや今晩は。」ひとりのはだしの年老った人が土間で私に挨拶しました。「これが乾燥罐だよ。」ファゼーロが云いました。・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・小さい餉台の上に赭い素焼の焜炉があり、そこへ小女が火をとっていた。一太は好奇心と期待を顔に現して、示されたところに坐った。「今じき何か出来るそうだが、それまでのつなぎに一つ珍らしいもんがあるよ」 その人は、焜炉の網に白い平べったい餅・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ その掘割は、牛乳なんかを入れる素焼壺をたくさん婆さんが並べて売っている橋の下を通り、冬宮わきからネ河へ通じた。 スモーリヌイ ある日、一人の百姓婆さんが電車へのって来た。更紗の布を三角に頭へかぶり、ひろい・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫