・・・そしてその輝かしい微苦笑には、本来の素質に鍛錬を加えた、大いなる才人の強気しか見えない。更に又杯盤狼藉の間に、従容迫らない態度などは何とはなしに心憎いものがある。いつも人生を薔薇色の光りに仄めかそうとする浪曼主義。その誘惑を意識しつつ、しか・・・ 芥川竜之介 「久米正雄」
・・・尤もこれはじゃ何だと云われると少し困りますが、まあ久米の田舎者の中には、道楽者の素質が多分にあるとでも云って置きましょう。そこから久米の作品の中にあるヴォラプテュアスな所が生れて来るのです。そんな点で多少のクラデルなんぞを想起させる所もあり・・・ 芥川竜之介 「久米正雄氏の事」
・・・ここで私が特に閣下の御注意を促したいのは、妻にヒステリカルな素質があると云う事でございます。これは結婚前後が最も甚しく、一時は私とさえほとんど語を交えないほど、憂鬱になった事もございましたが、近年は発作も極めて稀になり、気象も以前に比べれば・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・関心を持たれる以上は、氏の評論家としての素質は私のいう第一の種類に属する芸術家のようであることはできないのだ。氏は明らかに私のいう第二か第三かの芸術家的素質のうちのいずれかに属することをみずから証明していられるのだ。しかもその所説は、私の見・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・純情無垢な素質であるほど、ついその訛がお誓にうつる。 浅草寺の天井の絵の天人が、蓮華の盥で、肌脱ぎの化粧をしながら、「こウ雲助どう、こんたア、きょう下界へでさっしゃるなら、京橋の仙女香を、とって来ておくんなんし、これサ乙女や、なによウふ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・従って、これを好むと好まざるとは、互の素質に因らなければなりません。殊に、文学や、芸術に関するものに於て、このことがいわれます。 ある種の文体は、それを好む人達にとって魅力があるにしても、ある人々にとっては、全く縁なきものであります。一・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・けれど、その個人的であると社会的であるとは、一にその人の素質にもより、傾向にもあることであって、これによって、直に人格について批評されないものもあるが、また一面から言えばその立場を明かにすることによってます/\その作家の素質と、作品の価値を・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・陽気な性格の者ははじめからそういう素質を持っているものだ、ただ自分などあの頃は陰欝な殻を被っていたのでその素質がかくされていたのに過ぎない、つまりはその殻を脱ぎ捨てる切っ掛けを掴んだというだけの話、けれどその切っ掛けを掴むということが一見容・・・ 織田作之助 「道」
・・・それは人間としての素質の低卑の徴候であって、青年として最も忌むべき不健康性である。健康なる青年にあってはその性慾の目ざめと同時に、その倫理的感覚が呼びさまされ、恋愛と正義とがひとつに融かされて要請されるものである。 さてかような倫理的要・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・夢見ると夢見ぬとはその環境にあるのでなく、その素質にあるのだ。王子が必ずしも夢見はしない。が大工の息子もまた夢見る。如何なる時代にあっても青年が夢見なくなるということはあるまじきことであり、もしあるなら人類は衰亡に向かったものである。夢見る・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫