発端 肥後の細川家の家中に、田岡甚太夫と云う侍がいた。これは以前日向の伊藤家の浪人であったが、当時細川家の番頭に陞っていた内藤三左衛門の推薦で、新知百五十石に召し出されたのであった。 ところが寛文七年の・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
立てきった障子にはうららかな日の光がさして、嵯峨たる老木の梅の影が、何間かの明みを、右の端から左の端まで画の如く鮮に領している。元浅野内匠頭家来、当時細川家に御預り中の大石内蔵助良雄は、その障子を後にして、端然と膝を重ねた・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・肥後国熊本の城主、細川越中守宗教を殺害した。その顛末は、こうである。 ――――――――――――――――――――――――― 細川家は、諸侯の中でも、すぐれて、武備に富んだ大名である。元姫君と云われた宗教の内室さえ、・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 数年前物故した細川風谷の親父の統計院幹事の細川広世が死んだ時、九段の坂上で偶然その葬列に邂逅わした。その頃はマダ合乗俥というものがあったが、沼南は夫人と共に一つ俥に同乗して葬列に加わっていた。一体合乗俥というはその頃の川柳や都々逸の無・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・その一人は富岡先生、その一人は村の校長細川繁、これも富岡先生の塾に通うたことのある、二十七歳の成年男子である。 二人は間を二三間隔てて糸を垂れている、夏の末、秋の初の西に傾いた鮮やかな日景は遠村近郊小丘樹林を隈なく照らしている、二人の背・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・木村重成夫婦。細川忠興夫婦。 高貴なもののために殉じた犠牲の死をもって、また互いにささげ合う夫婦の愛と誠を証し合った乃木夫婦の如きは日本の男女の鑑である。われらはこれを世界にほこりたい。 もしこれをしも軽んじ、もしくは不感性の娘があ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・同級の生徒の中に西勃平というのと細川順太郎というのと私と、先ず此三人が年も同じ十一二歳で、気が合った朋友であった。この西勃平というのは、ああ今でも顔を能く覚えて居る。肥った饅頭面の、眼の小さい、随分おもしろい盛んな湾泊者で、相撲を取って負か・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 流布本太平記巻三十六、細川相模守清氏叛逆の事を記した段に、「外法成就の志一上人鎌倉より上つて」云とある。神田本同書には、「此志一上人はもとより邪天道法成就の人なる上、近頃鎌倉にて諸人奇特の思をなし、帰依浅からざる上、畠山入道諸事深く信・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・大内義弘亡滅の後は堺は細川の家領になったが、其の怜悧で、機変を能く伺うところの、冷酷険峻の、飯綱使い魔法使いと恐れられた細川政元が、其の頼み切った家臣の安富元家を此処の南の荘の奉行にしたが、政元の威権と元家の名誉とを以てしても、何様もいざこ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・むかし細川藩の国家老とか何とかいう家柄をじまんにして、高い背に黄麻の単衣をきちんときている。椅子をひきずってきて腰かけながら、まだいっていたが、「なんだ、青井さ、一人か」 と、気がついたふうに、それから廊下をへだてた、まだ夜業をして・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫