・・・ 指環は緑紅の結晶したる玉のごとき虹である。眩しかったろう。坊主は開いた目も閉じて、ぼうとした顔色で、しっきりもなしに、だらだらと涎を垂らす。「ああ、手がだるい、まだ?」「いま一息。」―― 不思議な光景は、美しき女が、針の尖で怪しき・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・忠孝の結晶として神に祀られる乃木将軍さえ若い頃には盛んに柳暗花明の巷に馬を繋いだ事があるので、若い沼南が流連荒亡した半面の消息を剔抉しても毫も沼南の徳を傷つける事はないだろう。沼南はウソが嫌いであった。「私はウソをいった事がない」と沼南自身・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 芸術は、血と涙の結晶であると同時に、遅滞した生活を洗錬する革命の炎である。芸術家は、先駆者であり、彼等の行動は、真に犠牲的精神から発する。しかるに、アカデミックの芸術は、旧文化の擁護である。旧道徳の讃美である。 私達は、IWWの宣・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・寒い、寒い天気の日などは、朝から晩まで、その霜柱が解けずに、ちょうど六方石のように、また塩の結晶したように、美しく光っていることがありました。そのそばに生えている青木の葉が黒ずんで、やはり霜柱のために傷んで葉はだらりと垂れて、力なく下を向い・・・ 小川未明 「小さな草と太陽」
・・・ すべて、芸術といわれるものが、良心の結晶であるかぎり、かくのごとき普遍性を有するものである。そして、それを感ずる人は、又かくのごとき自由性に、置かれている。与うるにも、受けるにも、そこに何等の条件と理論とを必要としないのである。 ・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・試みに小学校の修身書を一瞥してもすぐ分ることであるが、その並べられた題目と、其れに関する概念的な口授式の教授ぶりとが、ほんとうの人間性の結晶と思っては大間違である。今日の習慣なり、風俗なり、礼儀なり、或は又道徳と云ったようなものは、今日の社・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・ 真理は、主観の結晶である、あきらめ、惑わざる瞳の中の色に、閃めく寂しい光りである。――私は、無意味の時間と、労働とを悪む。而して、考え、感じ、味わんがための怠惰と休息を好み、あきらめ醒めたるものゝ自殺を喜ぶ。 日は暮れた。夕暮の一・・・ 小川未明 「夕暮の窓より」
・・・んでみても、どうにも面白くなくて、正直にその旨言うと、あれが判らぬようでは困るな、勉強が足らんのだよと嘲笑され、頭をかきながら引き下って読んでいるうちに、何だか面白くないが立派なものらしいという一種の結晶作用が起って、判らぬままに模倣して、・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・求める心を内に抱いて、外はいくらか結晶性なのが――という意味は化合するまでには溶解することを要するという意味なのが相応しい気がする。それは「結ばれやすい」という性質は一方また「離れやすい」という性質にもなるので感情過多いわゆる水性ということ・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ ところが、本当に今年のこっちの冬というのは十何年振りかの厳寒で、金物の表にはキラ/\と霜が結晶して、手袋をはかないでつかむと、指の皮をむいてしまうし、朝起きてみると蒲団の息のかゝったところ一面が真白にガバ/\に凍えている、夜中に静かに・・・ 小林多喜二 「母たち」
出典:青空文庫