・・・しかし僕は十年ののち、海軍機関学校の理髪師に頭を刈ってもらいながら、彼もまた日露の戦役に「朝日」の水兵だった関係上、日本海海戦の話をした。すると彼はにこりともせず、きわめてむぞうさにこう言うのだった。「なに、あの信号は始終でしたよ。それ・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・それは麦畑やキャベツ畑の間に電気機関車の通る田舎だった。…… 次の上り列車に乗ったのはもう日暮に近い頃だった。僕はいつも二等に乗っていた。が、何かの都合上、その時は三等に乗ることにした。 汽車の中は可也こみ合っていた。しかも僕の前後・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ブルジョアジーをなくするためには、この階級が自己防衛のために永年にわたって築き上げたあらゆる制度および機関をプロレタリアの手中に収め、矛を逆にしてブルジョアジーを亡滅に導かねばならぬ。ブルジョアジーが亡滅すれば、その所産なるすべての制度およ・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・地方の盛場には時々見掛ける、吹矢の機関とは一目視て紫玉にも分った。 実は――吹矢も、化ものと名のついたので、幽霊の廂合の幕から倒にぶら下がり、見越入道は誂えた穴からヌッと出る。雪女は拵えの黒塀に薄り立ち、産女鳥は石地蔵と並んでしょんぼり・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・動作の趣味や案内の装飾器物の配列や、応対話談の興味や、薫香の趣味声音の趣味相俟って、品格ある娯楽の間自然的に偉大な感化を得るのであろう加うるに信仰の力と習慣の力と之を助けて居るから、益々人を養成するの機関となるのである、欧風の晩食と日本・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・成島柳北や沼間守一が言論の機関としていた時代と比べて之を堕落と云うものあらば時代を解せざる没分暁の言として見らるゝであろう。其通りに雑誌も亦一つのビジネスであるが、二十五年前には僅に「経済雑誌」、「団々珍聞」等二三の重なる雑誌でさえが其執筆・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 朝に、晩に、寒い風にも当てないようにして、育てゝ来た子供を機関銃の前に、毒瓦斯の中に、晒らすこと対して、たゞこれを不可抗力の運命と視して考えずにいられようか? 互に、罪もなく、怨みもなく、しかも殺し合って死なゝければならぬ子供等自身の・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・言い換えれば、このためにこそ文化機関の必要があると言えるのです。 卑近の例を取って言えば、民衆を教育せんがために、多くの学校は建てられたのである。教育ということが、何よりも第一の目的たることは疑わない。しかるに、教化というものが第二であ・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・ジュリアン・バンダがフランス本国から近著した雑誌で、ヴァレリイ、ジイド等の大家を完膚なきまでに否定している一方、ジャン・ポール・サルトルがエグジスタンシアリスムを提唱し、最近巴里で機関誌「現代」を発行し、巻頭に実存主義文学論を発表している。・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ところが自由寮には自治委員会という機関があって、委員には上級生がなっていたが、しかしこの委員は寮生間の互選ではなく、学校当局から指命されており、噂によれば寮生の思想傾向や行動を監視して、いかがわしい寮生を見つけると、学校当局へ報告するいわば・・・ 織田作之助 「髪」
出典:青空文庫