・・・豹一の眼が絶えず敏感に動いていることや、理由もなくぱッと赧くなることから押して、いくら傲慢を装っても、もともと内気な少年なんだと見抜いていたのだ。文学趣味のある彼女は豹一の真赤に染められた頬を見て、この少年は私の反撥心を憎悪に進む一歩手前で・・・ 織田作之助 「雨」
・・・彼らの眼は一度でも青年達の方を見るのでもなければ、お互いに見交わすというのでもなく、絶えず笑顔を作って女の方へ向いていた。「ポーリンさんにシマノフさん、いらっしゃい」 ウエイトレスの顔は彼らを迎える大仰な表情でにわかに生き生きし出し・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・これより後なお真の友義というものわれらが中に絶えずば交わりは勉めずとも深かるべし、ただわが言うべきを言わしめたまえ、貴嬢のなすべきことは弁解を力むることにはあらで、諸手を胸に加え厳かに省みたもうことなり、静かにおのが心を吟味したもう事なり、・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・私はひとつの境地から、他の境地へと絶えず精進しつつあるものだ。そしてその転身の節目節目には必ず大作を書いているのだ。愛読者というものはそれでなくては作者にとってたのみにはならない。 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・ 積っていた雪は解け、雨垂れが、絶えず、快い音をたてて樋を流れる。 吉永の中隊は、イイシに分遣されていた。丘の上の木造の建物を占領して、そこにいる。兵舎の樋から落ちた水は、枯れた芝生の間をくぐって、谷間へ小さな急流をなして流れていた・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ マア、夜間通船の目的でなくて隅田川へ出て働いて居るのは大抵こんなもので、勿論種々の船は潮の加減で絶えず往来して居る。船の運動は人の力ばかりでやるよりは、汐の力を利用した方が可い、だから夜分も随分船のゆききはある。筏などは昼に比較して却・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・ ややもすれば兄をしのごうとするこの弟の子供を制えて、何を言われても黙って順っているような太郎の性質を延ばして行くということに、絶えず私は心を労しつづけた。その心づかいは、子供から目を離させなかった。町の空で、子供の泣き声やけんかする声・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・文明の結果で飾られていても、積み上げた石瓦の間にところどころ枯れた木の枝があるばかりで、冷淡に無慈悲に見える町の狭い往来を逃れ出て、沈黙していながら、絶えず動いている、永遠なる自然に向って来るのである。河は数千年来層一層の波を、絶えず牧場と・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・自分では絶えず工夫して進んでいるつもりでも、はたからはまず、現状維持くらいにしか見えないものです。製作の経験も何もない野次馬たちが、どうもあの作家には飛躍が無い、十年一日の如しだね、なんて生意気な事を言っていますが、その十年一日が、どれだけ・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・全身には悪熱悪寒が絶えず往来する。頭脳が火のように熱して、顳がはげしい脈を打つ。なぜ、病院を出た? 軍医があとがたいせつだと言ってあれほど留めたのに、なぜ病院を出た? こう思ったが、渠はそれを悔いはしなかった。敵の捨てて遁げた汚い洋館の板敷・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫