・・・ ……………………「路の絶える。大雪の夜。」 お米さんが、あの虎杖の里の、この吹雪に……「……ただ一人。」―― 私は決然として、身ごしらえをしたのであります。「電報を――」 と言って、旅宿を出ました。 ・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・この外套氏が、故郷に育つ幼い時分には、一度ほとんど人気の絶えるほど寂れていた。町の場末から、橋を一つ渡って、山の麓を、五町ばかり川添に、途中、家のない処を行くので、雪にはいうまでもなく埋もれる。平家づくりで、数奇な亭構えで、筧の流れ、吹上げ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・一方ではまたたいへんに損をするというようなぐあいで、みんなの気持ちがいつも一つではなかったから、怒るものもあれば、また喜ぶものがあり、中には泣くものまた笑うものがあるというふうで、その間に嫉妬、嘲罵の絶える暇もなかったのでありました。「・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・蝉の声もいつかきこえず、部屋のなかに迷い込んで来た虫を、夏の虫かと思って、団扇ではたくと、ちりちりとあわれな鳴声のまま、息絶える。鈴虫らしい。八月八日、立秋と、暦を見るまでもなく、ああ、もう秋だな、と私は感ずるのである。ひと一倍早く……。・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・坑外では、製煉所の銅の煙が、一分間も絶えることなく、昼夜ぶっつゞけに谷間の空気を有毒瓦斯でかきまぜていた。坑内には、湿気とかびと、石の塵埃が渦を巻いていた。彼は、空気も、太陽も金だと思わずにはいられなかった。彼は、汽車の窓から見た湘南のうら・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・それが蜜柑畑の向うへはいってしまうと、しばらく近くには行くものの影が絶える。谷間谷間の黒みから、だんだんとこちらへ迫ってくる黄昏の色を、急がしい機の音が招き寄せる。「小母さんは何でこんなに遅いのでしょうね」と女の人は慰めるようにいう。あ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ その日は、クリスマスの、前夜祭とかいうのに当っていたようで、そのせいか、お客が絶えること無く、次々と参りまして、私は朝からほとんど何一つ戴いておらなかったのでございますが、胸に思いがいっぱい籠っているためか、おかみさんから何かおあがり・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・四十年間、私は奴隷の一日として絶える事の無かった不平の声と、謀叛、無智、それに対するモーゼの惨澹たる苦心を書いて居ります。是非とも終りまで書いてみたいのです。なぜ書いてみたいのか、私には説明がうまく出来ませんが、本当に、むきになって、これだ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ 魚容は傷の苦しさに、もはや息も絶える思いで、見えぬ眼をわずかに開いて、「竹青。」と小声で呼んだ、と思ったら、ふと眼が醒めて、気がつくと自分は人間の、しかも昔のままの貧書生の姿で呉王廟の廊下に寝ている。斜陽あかあかと目前の楓の林を照・・・ 太宰治 「竹青」
・・・市民はすべて浮足立ち、家財道具を車に積んで家族を引き連れ山の奥へ逃げて行き、その足音やら車の音が深夜でも絶える事なく耳についた。それはもう甲府も、いつかはやられるだろうと覚悟していたが、しかし、久し振りで防空服装を解いて寝て、わずかに安堵す・・・ 太宰治 「薄明」
出典:青空文庫