・・・ その後にようやく景気が立ちなおってからも、一流の大家を除く外、ほとんど衣食に窮せざるものはない有様で、近江新報その他の地方新聞の続き物を同人の腕こきが、先を争うてほとんど奪い合いの形で書いた。否な独り同人ばかりでなく、先生の紹介によっ・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・もっとも滑稽物や何かで帽子を飛ばして町内中逐かけて行くと云ったような仕草は、ただそのままのおかしみで子供だって見ていさえすれば分りますから質問の出る訳もありませんが、人情物、芝居がかった続き物になると時々聞かれます。その問ははなはだ簡単でた・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
「吾輩は猫である」は雑誌ホトトギスに連載した続き物である。固より纏った話の筋を読ませる普通の小説ではないから、どこで切って一冊としても興味の上に於て左したる影響のあろう筈がない。然し自分の考ではもう少し書いた上でと思って居た・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
・・・夏目漱石は西田先生の戸籍面の生年である明治元年の生まれであるが、明治四十年に朝日新聞にはいって、続き物の小説を書き始めた時には、わたくしたちは実際老大家だと思っていた。だから明治四十二年に正味の年が四十歳であった西田先生も、同じく老大家に見・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫