・・・すると二三町行った所に、綿服を纏った将軍が、夫人と一しょに佇んでいた。少将はこの老夫妻と、しばらくの間立ち話をした。が、将軍はいつまでたっても、そこを立ち去ろうとしなかった。「何かここに用でもおありですか?」――こう少将が尋ねると、将軍は急・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・沼南が平生綿服を着ているかドウかは知らぬが、その時の沼南はリュウとしたお召か何かでゾロッとしていたのだから挨拶に窮した。 その後、沼南昵近の或る男に会った時、その話をして、「何だってアンナに貧乏ぶるんだろう、」というと、「アレは沼南・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 石井翁は綿服ながら小ザッパリした衣装に引きかえて、この老人河田翁は柳原仕込みの荒いスコッチの古洋服を着て、パクパク靴をはいている。「でも何かしておられるだろう。」と石井翁はじろじろ河田翁の様子を見ながら聞いた。そして腹の中で、「な・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・なんでも袖の短い綿服にもめん袴をはいて、朴歯の下駄、握り太のステッキといったようないで立ちで、言わば明治初年のいわゆる「書生」のような格好をしておられた。そうして妙な頭巾のような風変わりの帽子をかぶっておられたような気がする。とにかく他の先・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・この時、衣服の制限を立るに、何の身分は綿服、何は紬まで、何は羽二重を許すなどと命を出すゆえ、その命令は一藩経済のため歟、衣冠制度のため歟、両様混雑して分明ならず。恰も倹約の幸便に格式りきみをするがごとくにして、綿服の者は常に不平を抱き、到底・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫