・・・そこにいる人々の心は思わず総立ちになった。医師と産婆は場所を忘れたように大きな声で産婦を励ました。 ふと産婦の握力がゆるんだのを感じて私は顔を挙げて見た。産婆の膝許には血の気のない嬰児が仰向けに横たえられていた。産婆は毬でもつくようにそ・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ どさどさ打まけるように雪崩れて総立ちに電車を出る、乗合のあわただしさより、仲見世は、どっと音のするばかり、一面の薄墨へ、色を飛ばした男女の姿。 風立つ中を群って、颯と大幅に境内から、広小路へ散りかかる。 きちがい日和の俄雨に、・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・電車に乗っていた連中が総立ちになる。二人はおれを追い掛けに飛んで下りる。一人は車掌に談判する。今二人は運転手に談判する。車の屋根に乗っている連中は、蝙蝠傘や帽やハンケチを振っておれを呼ぶ。反対の方角から来た電車も留まって、その中でも大騒ぎが・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・主客総立ちになって奇妙な手付をして手に手に団扇を振廻わしてみてもなかなかこれが打落されない。テニスの上手な来客でもこの羽根の生えたボールでは少し見当が違うらしい。婦人の中には特にこの蛾をいやがりこわがる人が多いようである。今から三十五年の昔・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・主客総立ちになって奇妙な手つきをして手に手に団扇を振り回してみてもなかなかこれが打ち落とされない。テニスの上手な来客でもこの羽根のはえたボールでは少し見当が違うらしい。婦人の中には特にこの蛾をいやがりこわがる人が多いようである。今から三十五・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・と叫ばせ、満場を総立ちにさせ、陪審官一斉に靴磨きの「無罪」を宣言させ、そうして狂喜した被告が被告席から海老のようにはね出して、突然の法廷侵入者田代公吉と海老のようにダンスを踊らせさえすれば、それでこの「与太者ユーモレスク、四幕、十一景」の目・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・見物はもうみんな総立ちです。「テジマア! 負けるな。しっかりやれ。」「しっかりやれ。テジマア! 負けると食われるぞ。」こんなような大さわぎのあとで、こんどはひっそりとなりました。そのうちに椅子に座った若ばけものは眼が痛くなったらしく・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ その声で、総立ちになった。方々で、戸をあける音もする。勘助は、緊張した声で指揮をした。「おれと、馬さんは現場へ行ぐ、すぐ消防の手配しろ」 冬にはつきものの北風がその夜も相当に吹いていた。なるほど、勇吉の家が、表側ぱっと異様に明・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・それについてはのちにふれることとして、ちょうど前後してある意味ではいわゆる文壇を総立ちにさせた一作品が『文芸』に発表された。龍胆寺雄の「M子への遺書」という小説である。「M子への遺書」はいわゆる文壇の内幕をあばき、私行を改め、代作横行を・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・の問題で、日本の文学者が総立ちになったとすれば、それは、人類の理性の防衛であり、権力の暴威に対する人間、文学者としての抗議である。そこに文学者として文学者でない一般社会人にアッピールしうる大義名分がある。その大義名分によって、文学者たちも市・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
出典:青空文庫