・・・様な静かな声と身振りの児 場所小高い丘の上、四辺のからっと見はらせる所 時夏の夕暮に近い午後B、Cが丘の中程の木の切り株に並んで腰をかけて、編物をして居る。B子は赤い毛糸。・・・ 宮本百合子 「旅人(一幕)」
・・・夫人は、同じ灯の下で、明日の下調べをしたり、手紙を書いたり、時には長閑に編物などを弄る。―― けれども、一週間の他の三日、火、水、土の昼間は、R夫人も却々多忙で家事の多くを弁じなければなりません。 先ず火曜日は、先週の日曜の朝代えた・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・女は半町ほど行って、面白くもない編物細工を陳列した一つの飾窓の前に止まった。機械的に、下膨れな顔をキッと仰向け、暫く凝っと眺め、また歩き出す。――後からその歩みぶりを見ると、若い女の心に行く先も、道順もこれぞと云って定っていないのが明かに感・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・婦人雑誌の表紙や口絵が、働く女を様々に描いてのせる風潮だが、その内容は軍事美談や隣組物語のほかは大体やっぱり毛糸編物、つくろいもの、家庭療治の紹介などで、たとえば十一月の婦女界が、表紙に工場の遠景と婦人労働者の肖像をつけていて内容はというと・・・ 宮本百合子 「働く婦人」
・・・マリーナは吐息をつき、頭を振り、編物をとり上げた。往来に遊んでいた子供はどこへか去り、あたりは暫く静かであった。向い側の店々が正面から午後の斜光を受けている。ダーリヤが窓のそばへ歩きよる毎に、日除けの下に赤いエナメルの煙草屋の商牌が下ってい・・・ 宮本百合子 「街」
・・・そのクリーム色に塗られた近代風のドアが開くと、その一間住宅であるアパートメントの瀟洒な布張のアーム・チェアに細君がかけて編物をしています。ドアを開けてくれたのはそこの主人でした。 シカゴ市の有名な建築家である某氏が、一寸来訪の意味を説明・・・ 宮本百合子 「よろこびの挨拶」
・・・婦人雑誌をよむひまも、そこに出ている毛糸編物をやるひまもあり、最低ながら文化的なものを日常の生活の中にとり入れることができるであろうという若い女の希望も、この事実の裏にあると思う。 ブルジョア文化というものは、何と奇体に不具であるだろう・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・私の妻は初めから黙って側で編物をしていました。やがて私はだんだん心の空虚を感じて来て、ふと妻の方に眼をやりました。妻も眼を上げて黙って私を見ました。その眼の内には一撃に私を打ち砕き私を恥じさせるある物がありました、――私の欠点を最もよく知っ・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫