・・・ いい天気で、朝靄が緩やかな畑の斜面や雑木林の彼方にかかっている。朝日のさす部落の梨の木の下で、昨夜集まった連中その他がわざわざ『文学新聞』のためだからといって集まり、写真をとった。〔一九三一年十月〕・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・落葉焚の煙が見とおしの利く桜並木の通りにも上った。緩やかな勾配を石川は住宅地の奥の方へ歩いていた。土蔵を請負った仕事場に行くところなのであったが、ずっと後の方で、「おーい」と呼ぶ女の声がした。落葉を鳴らして行くとまた、「おーい」・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・「殺人犯で、懲役五箇年です。」緩やかな、力の這入った詞で、真面目な、憂愁を帯びた目を、怯れ気もなく、大きくって、己を見ながら、こう云った。「その刑期を済ましたのかね。」「ええ。わたくしの約束した女房を附け廻していた船乗でした。」・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・美しい高い女高音に近い声が、その響きにからみついて緩やかな独唱を始める。やがてそれを追いかけるように低い大きい合唱が始まる。屈折の少ない、しかし濃淡の細やかなそのメロディーは、最初の独唱によってまた身震いを感じないでいられなかった我々の祖先・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫