・・・中なる三人の婦人等は、一様に深張りの涼傘を指し翳して、裾捌きの音いとさやかに、するすると練り来たれる、と行き違いざま高峰は、思わず後を見返りたり。「見たか」 高峰は頷きぬ。「むむ」 かくて丘に上りて躑躅を見たり。躑躅は美なりしな・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・童男童女の稚児二人のみまず練りつつ出づ――稚児一 南無大師遍照金剛。……稚児二 南無大師遍照金剛。……はじめ二人。紫の切のさげ髪と、白丈長の稚髷とにて、静にねりいで、やがて人形使、夫人、画家たちを怪むがごとく、ばたばたと・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・聡明な眼識を持っていたがやはり江戸作者の系統を引いてシャレや小唄の粋を拾って練りに練り上げた文章上の「穿ち」を得意とし、世間に通用しない「独りよがり」が世間に認められないのを不満としつつも、誰にも理解されないのをかえって得意がる気味があった・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 私は此の馬車に乗って銀座八丁を練りあるいてみたかったのだ。鶴の丸の紋服を着て、仙台平の袴をはいて、白足袋、そんな姿でこの馬車にゆったり乗って銀座八丁を練りあるきたい。ああ、このごろ私は毎日、新郎の心で生きている。┌昭和十六年十・・・ 太宰治 「新郎」
・・・さらに想を練り、案を構え。雌伏。賢者のまさに動かんとするや、必ず愚色あり。熟慮。潔癖。凝り性。おれの苦しさ、わからんかね。仙脱。無慾。世が世なら、なあ。沈黙は金。塵事うるさく。隅の親石。機未だ熟さず。出る杭うたれる。寝ていて転ぶうれいなし。・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・大劇場のプロムナードを練り歩く人の群のような気がした。そして世の中に「閑な人」ほど恐ろしいものはないという気がした。自分がやはりその一人である事などは忘れてしまって。 裏の方の芝地へ廻ってみても同様であった。裁判所だか海軍省だかの煉瓦を・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・子供に固有な鋭い直観の力を利用しないで頭の悪い大人に適合するような教案ばかりを練り過ぎるのではないかと思われる節もある。これについては教育者の深い反省を促したいと思っている次第である。 ついでながら、昨年の室戸颱風が上陸する前に室戸・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・実験を授ける効果はただ若干の事実をよく理解し記憶させるというだけではなく、これによって生徒の自発的研究心を喚起し、観察力を練り、また困難に遭遇してもひるまずこれに打勝つ忍耐の習慣も養い、困難に打勝った時の愉快をも味わわしめる事が出来る。その・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・ 或日わたくしは、銅羅を鳴しながら街上を練り行く道台の行列に出遇った。また或日の夕方には、大声に泣きながら歩く女の列を先駆にした葬式の行列に出遇って、その奇異なる風俗に眼を見張った。張園の木の間に桂花を簪にした支那美人が幾輛となく馬車を・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・ と見れば雪よりも白き白鳥が、収めたる翼に、波を裂いて王者の如く悠然と水を練り行く。長き頸の高く伸したるに、気高き姿はあたりを払って、恐るるもののありとしも見えず。うねる流を傍目もふらず、舳に立って舟を導く。舟はいずくまでもと、鳥の羽に・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫