・・・女優に仕立てるには年が行き過ぎているし、一度芸者をしたものには、到底、舞台上の練習の困難に堪える気力がなかろう。むしろ断然関係を断つ方が僕のためだという忠告だ。僕の心の奥が絶えず語っていたところと寸分も違わない。 しかし、僕も男だ、体面・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・二葉亭も根が漢学育ちで魏叔子や壮悔堂を毎日繰返し、同じ心持で清少納言や鴨長明を読み、馬琴や京伝三馬の俗文学までも究め、課題の文章を練習する意で近松や馬琴の真似をしたり、あるいは俗文を漢訳したり漢文を俗訳したりした癖が抜け切れないで、文章を気・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・私はキングという煙草を買って練習した。一箱十銭だった。 口に煙草のにおいのある女とは、間もなく別れた。その当座、私は一日二箱のキングを吸って、ゲエゲエと吐気がした。私は煙草をよそうと思った。新しい女が私の前に現われたのだ。 彼女はい・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ボートのバック台の練習をしながらワレハ海ノ子と歌いだす者がある。議論がはじまる。ラスコリニコフが階段の途中でペンキ屋にどうかされたとかなんとかシロサキが言っている。よせやい、お通夜じゃないか、静にしろとアオヤマが言うとオダが、いやこいつは派・・・ 織田作之助 「道」
・・・ 窓をあけて置けば、ヴァイオリンの練習の邪魔になるというのである。 そんな父親であった。ヴァイオリンのことになると、まるで狂人のようになってしまう父親であった。だから、寿子は祭に行きたいと駄々をこねることも出来ず、毛穴という毛穴から・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・精神統一を練習し給え。練習が少し積んで来ると、それはいろ/\な利益があるがね、先ず僕達の職掌から云うと、非常に看破力が出て来る。……此奴は口では斯んなことを云ってるが腹の中は斯うだな、ということが、この精神統一の状態で観ると、直ぐ看破出来る・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・技術は何によらず練習するより他に上達する道はない。一つ書くごとに成長してゆくものである。ロダンなどは絶え間なく練習していたということである。 以上を常に忘れず心に止め、固く守って気長く根気強く努力したならば、素質のいい者はきっと・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
・・・シベリアへ露西亜語の練習をするつもりで志願して来たのであった。一種の図太さがあって、露西亜人を相手に話しだすと、仕事のことなどそっちのけにして、二時間でも三時間でも話しこんだ。露西亜語が相当に出来るようになってから内地へ帰りたいというのが彼・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・長兄は、二十五歳で町長さんになり、少し政治の実際を練習して、それから三十一歳で、県会議員になりました。全国で一ばん若年の県会議員だったそうで、新聞には、A県の近衛公とされて、漫画なども出てたいへん人気がありました。 長兄は、それでも、い・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・私、小学生のころ、学芸大会に、鎌倉名所の朗読したことがございまして、その折、練習に練習を重ねて、ほとんど諳誦できるくらいになってしまいました。七里ヶ浜の磯づたい、という、あの文章です。きっと子供ながら、その風景にあこがれ、それがしみついて離・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫