・・・ 夜の食を済ませて後、為すこともなければ携えたる地理の書を読みかえすに、『武甲山蔵王権現縁起』というものを挙げたるその中に、六十一代朱雀天皇天慶七年秩父別当武光同其子七郎武綱云々という文見え、また天慶七年武光奏し奉りて勅を蒙り五条天皇少・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・「ハハハ、そうよ、異に後生気になったもんだ。寿命が尽きる前にゃあ気が弱くなるというが、我アひょっとすると死際が近くなったかしらん。これで死んだ日にゃあいい意気地無しだ。「縁起の悪いことお云いでないよ、面白くもない。そんなことを云って・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・たとえば道成寺縁起という一つのテーマがあり、それの内容となるべきひとくさりのグロテスクでエロチックでまた宗教的なストーリーがある。絵巻物の画家は、そのストーリーから一つのシナリオを作らなければならない。まずいかにしてヒーローとヒロインを「紹・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・マー一服やって縁起を直しては。巻煙草をやろか。」「ヤーありがとございます――。昨日は私の小さい網で六羽取りましたがのうし。」今に手並を見せると云う風で。 野菊が独り乱れている。「精ドーダ面白いか。」「あつい」と云いつつ藁帽をぬいで筒袖で・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
・・・ 相撲の歴史については相当いろいろな文献があると見えて新聞雑誌でそれに関する記事をしばしば見かけるようであるが、しかしそれはたいていいつもお定まりの虫食い本を通して見た縁起沿革ばかりでどこまでがほんとうでどこからがうそかわからないものの・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・その重々しさは四条派の絵などには到底見られないところで、却って無名の古い画家の縁起絵巻物などに瞥見するところである。これを何と形容したら適当であるか、例えばここに饒舌な空談者と訥弁な思索者とを並べた時に後者から受ける印象が多少これに類してい・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・おい、縁起でもないぞ。てぐすも飼えないところにどうして工場なんか建てるんだ。飼えるともさ。現におれをはじめたくさんのものが、それでくらしを立てているんだ。」 ブドリはかすれた声で、やっと、「そうですか。」と言いました。「それにこ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・おい、縁起でもないぞ。取れもしないところにどうして工場なんか建てるんだ。取れるともさ。現におれはじめ沢山のものがそれでくらしを立てているんじゃないか。」 ネネムはかすれた声でやっと「そうですか。おじさん。」と云いました。「それに・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・「じいさん、ポラーノの広場の方角を教えてくれたら、おいらあ、じいさんに悪魔の歌をうたってきかせるぜ。」「縁起でもねえ、まあもっと這いまわって見ねえ。」 じいさんはぷりぷり怒ってぐんぐんつめ草の上をわたって南の方へ行ってしまいまし・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・よして下さいよ。縁起でもないわ。」 太陽は一日かゞやきましたので、丘の苹果の半分はつやつや赤くなりました。 そして薄明が降り、黄昏がこめ、それから夜が来ました。 まなづるが「ピートリリ、ピートリリ。」と鳴いてそらを通りました・・・ 宮沢賢治 「まなづるとダァリヤ」
出典:青空文庫