・・・それだから、縁遠いんだね。たとえばさ、真のおじきにした処で、いやしくも男の前だ。あれでは跨いだんじゃない、飛んだんだ。いや、足を宙へ上げたんだ。――」「知らない、おじさん。」「もっとも、一所に道を歩行いていて、左とか右とか、私と説が・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・手前が何しますにつけて、これもまた、学校に縁遠い方だったものでえすから、暑さ寒さの御見舞だけと申すのが、書けないものには、飛んだどうも、実印を捺しますより、事も大層になります処から、何とも申訳がございやせん。 何しろ、まあ、御緩りなすっ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・あれも来年は二十でございますからね、もう一だの二だのという声がかかった日にゃ、それこそ縁遠いのがなお縁遠くなりますからねえ」「阿母さんもまあ! 何ぼ何だって、そんなに一年も二年も待たされてたまるもんですか。ですからね、向うの話は向うの話・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・田舎の秋のお祭りに、太鼓を舁いだり、幟をさしたり、一張羅の着物を着てマチへ出る村の人々は、何等か興味をそゝって話の種になったものだが、東京の街で見るものは彼等にとって全く縁遠いものだった。浅草の観音もさほど有がたいとは思われなかった。せわし・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・て父の家へ駈けこんで来て間もなく私を産み落し、私の目鼻立ちが、地主さんにも、また私の父にも似ていないとやらで、いよいよ世間を狭くし、一時はほとんど日陰者あつかいを受けていたらしく、そんな家庭の娘ゆえ、縁遠いのもあたりまえでございましょう。も・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・――本郷辺にいると神楽坂は全く縁遠い場所だ。どうせ電車にのって下町に出る位なら、賑かな人通りをぶらつこうと云う位なら、銀座まで一息にのす。歩く道なら大学赤門前から三丁目がある。電車のルートの工合で、動き廻る道筋を制御される我々は、東京の他の・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・しかし真の科学的方法への理解は彼女に縁遠いものであった。彼女はこれまでの活動家の一人として、経験論者であった」と有名なイギリスの伝記者リットン・ストレーチーは率直にいっている。パストゥールとリスターによって病原菌が発見され、世界人類の病と死・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・われわれの祖先が蓮花によって浄土の幻想を作り上げた気持ちは、私にはもうかなり縁遠いものになっていたが、しかしこの時に何か体験的なつながりができたように思う。蓮花の世界に入り浸る心持ちは、どうも仏教的な理想と切り離し難いようである。それはただ・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・藤村は、無性格などということとはおよそ縁遠い、個性の強い人であった。その強い個性によっておのれの独自の世界をきり開いて行こうとする努力と、遠慮深い、他人の気を兼ねる習癖とが、藤村においてはいや応なしに結びついてしまったのである。 芥川龍・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
・・・従って彫刻とは最も縁遠いものである。 たぶんこの事を指摘するためであったろうと思われるが、桐竹紋十郎氏は「狐」を持ち出して、それが使い方一つで犬にも狐にもなることを見せてくれた。そうしてこういう話をした。ある時西洋人が文楽の舞台で狐を見・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫