・・・の字亭のお上の話によれば、色の浅黒い、髪の毛の縮れた、小がらな女だったと言うことです。 わたしはこの婆さんにいろいろの話を聞かせて貰いました。就中妙に気の毒だったのはいつも蜜柑を食っていなければ手紙一本書けぬと言う蜜柑中毒の客の話です。・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・とし、蓄音器は新内、端唄など粋向きなのを掛け、女給はすべて日本髪か地味なハイカラの娘ばかりで、下手に洋装した女や髪の縮れた女などは置かなかった。バーテンというよりは料理場といった方が似合うところで、柳吉はなまこの酢の物など附出しの小鉢物を作・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・その襟がたぶん緋鹿の子か何かであろう、恐ろしくぎざぎざした縮れた線で描かれている。それで写実的な感じはするかもしれないが、線の交響楽として見た時に、肝心の第一ヴァイオリンがギーギーきしっているような感じしか与えない。これに反して、同じ北斎が・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・花にもなんだか生気が少なく、葉も少し縮れ上がって、端のほうはもう鳶色に朽ちかかっていた。自分はこの花について妙な連想がある。それはベルリンにいたころの事である。アカチーン街の語学の先生の誕生日に、何か花でも贈り物にしたいと思って、アポステル・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・ しかし紅葉が干からび縮れてやがて散ってしまうと、裸になったこずえにぶら下がっている多数の簔虫が急に目立って来た。大きいのや小さいのや、長い小枝を杖のようにさげたのや、枯れ葉を一枚肩にはおったのや、いろいろさまざまの格好をしたのが、明る・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞が赤い毛を吐いて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見まし・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 着物が夜のようにまっ黒、縮れた赤毛が頭から肩にふさふさ垂れまっ青な眼はかがやきそれが自分だかと疑った位立派でした。 ネネムは嬉しくて口笛を吹いてただ一息に三十ノットばかり走りました。「ハンムンムンムンムン・ムムネの市まで、もう・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・そうして月は、その花々の先端の縮れた羊のような皺を眺めながら、蒼然として海の方へ渡っていった。 そういう夜には、彼はベランダからぬけ出し夜の園丁のように花の中を歩き廻った。湿った芝生に抱かれた池の中で、一本の噴水が月光を散らしながら周囲・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫