・・・ たった一人の妹とも、母は苦しい縺れのまま生涯過した。 小さい娘に母は品川の伯父さんが、明治の日本へ初めて近代の皮革事業をもたらした見識を賞讚してきかせた。「謙吉さんが生きていてくれて、品川の伯父さんと一緒だったら、お母さまもど・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・生活の泡立っている感じが、体の周囲であぶく立つ石鹸の感覚と縺れ、なほ子は何度も何度も勢よく立ったまま湯を浴びた。 軽々した気持で、なほ子は二階へ登って行った。「いかが」「ああ」 まさ子は、半分起き上った床の上で、物懶そうに首・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・行って、昼月の鏡で、髪の縺れ工合でもなおそうかしら。ミーダ 思いがけない機会で、隠密な日頃からの俺の唆かしの結果が見られて嬉しかった。人間共も、まだ当分は材料になるな。ヴィンダー 偶然を徒らな偶然で終らせないのが俺達の腕だ。大方今頃・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ばかりが次第次第に種類をまし、数をまし、互に縺れ合い、絡まり合ってまるで手のつけられない混乱のうちに、彼女の活気や、無邪気さを、いつともなく毒して行ったのである。 彼女は、非常な失望に襲われた。 自分の周囲には一人の仲よしになるべき・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・と云う夫婦の心持の縺れの描写のあたりは職場での男対女の感情のしきたりを描いた五章の一のあたりとともに、生彩を放っている。 働く女が働くものとして自身の技術を愛する熱意はそのものとして美しく、描いて美しいが、今日の現実にあっては、『中央公・・・ 宮本百合子 「徳永直の「はたらく人々」」
・・・植物は互に縺れこんぐらかって悩ましく鬱葱としている。彼の飾帯はその裡で真紅であった。強烈な色彩がいつまでも、遠くから見えた。――ミシシッピイ――〔一九二四年十一月〕 宮本百合子 「翔び去る印象」
・・・ 口々に囁きながら、行き過ぎる彼を見なおそうとして、ぶつかり合い縺れ合い、大騒ぎで身じろぎをする。 サヤサヤ……サヤサヤ…… 涼しいすがすがしい薫りが六の体のまわりに満ちわたった。 足の下で山鳩が鳴く。 カッコー……カッ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・双方が縺れ絡んでいる、その渦中に身はおかれたままである。その結果として、作中に事件は推移するが、全篇を通っているいくつかの根本的な問題、小説の抑々発端をなした諸契機の特質にふれての解決の示唆は見えていないのである。 それにもかかわらず、・・・ 宮本百合子 「はるかな道」
・・・ 十九世紀という大きな世紀にふさわしい大きい素質をもって生れたオノレ・ド・バルザックの全生活、全労作を通じて相剋した現実に対する認識の積極面と消極面との激しい縺れ合いの姿こそ、実に我々に多くのことを教える。 人間の美徳も悪徳も社・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 二つの影は、かたい地面の上に縺れ合った。「良い晩だわねえ。「ああほんとにさ。一つ飛んで行こうか、 随分好い気持だろうよ。「さあ、歩いた方がいい事よ此那好い虫が居るんだもの。 あら! まあ御覧なさい、早くいら・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
出典:青空文庫