・・・ 鳥やねずみや猫の死骸が道ばたや縁の下にころがっているとまたたく間にうじが繁殖して腐肉の最後の一片まできれいにしゃぶり尽くして白骨と羽毛のみを残す。このような「市井の清潔係」としてのうじの功労は古くから知られていた。 戦場で負傷した・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・生物の進化で考えてみると、猿や人間が栄える時代になっても魚は水に鳥は空におびただしく繁殖してなかなか種は尽きそうもない。それにはやはりそれだけの理由があるからである。芸術のほうで考えてみてもなおさらのこと一時は新しいものが古いものを掩蔽する・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・ こういうふうに考えて来ると世事の交渉を回避する学者や、義理の拘束から逃走する芸術家を営巣繁殖期に入った鳥の類だと思って、いくぶんの寛恕をもってこれに臨むということもできるかもしれない。 九 東京市電気局の争・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・ 簔虫が繁殖しようとする所にはおのずからこの蜘蛛が繁殖して、そこに自然の調節が行なわれているのであった。私が簔虫を駆除しなければ、今に楓の葉は食い尽くされるだろうと思ったのは、あまりにあさはかな人間の自負心であった。むしろただそのままに・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・立ち葵や朝顔などが小さな二葉のうちに捜し出されて抜かれるのにこの三種のものだけは、どういうわけか略奪を免れて勢いよく繁殖する。二三年の間にはすっかり一面に広がって、もうとても数人の子供の手にはおえないようになってしまった。これらの花が土地の・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・実例は帝国劇場の建築だけが純西洋風に出来上りながら、いつの間にかその大理石の柱のかげには旧芝居の名残りなる簪屋だの飲食店などが発生繁殖して、遂に厳粛なる劇場の体面を保たせないようにしてしまった。銀座の商店の改良と銀座の街の敷石とは、将来如何・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ ○ 繁殖を欲しなければ繁殖の行為をなさざるに若くはない。女子を近づけなければ子供のできる心配はない。女子を近づけながら、しかも繁殖を欲しないのは天理に反いている。わたくしはかつて婦女を後堂に蓄えていたころ、絶・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・即ち居家の道徳なれども、人間生々の約束は一家族に止まらず、子々孫々次第に繁殖すれば、その起源は一対の夫婦に出るといえども、幾百千年を経るの間には遂に一国一社会を成すに至るべし。既に社会を成すときは、朋友の関係あり、老少の関係あり、また社会の・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・元来墓地には制限を置かねばならぬというのが我輩の持論だが、今日のように人口が繁殖して来る際に墓地の如き不生産的地所が殖えるというのは厄介極まる話だ。何も墓地を広くしないからッて死者に対する礼を欠くという訳はない。華族が一人死ぬると長屋の十軒・・・ 正岡子規 「墓」
・・・そのかわり、猛烈な雑草の繁殖力があらわれた。ひとの背たけの倍ほどもある鬼蓼が昔、森鴎外の住んでいた観潮楼のやけあとにも生えた。 一九四六年一月から、日本の現代文学は、平和に向って解放された。人間性の恢復、人間として生きる諸権利の覚醒の声・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
出典:青空文庫