・・・ これは、別府でふと心づいたことだが、九州を歩いて見、どこの樹木でも大体本州の樹より細幹とでも云うのか、すらりと高く繊細な感じをもっているのは意外であった。勿論釣合の上のことで、太い大木だって在る。けれども決して、北国の樹のように太短く・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・何処までも 繊細に 何処までも 鋭く而も大らかに 生命の光輝を保つことこそ人間は、芸術は甲斐ある 精神の果実だ。其処に 日が照り 香気がちり朽ちても 大地に種を落す命の ひきつぎて となり得るのだ。私・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ 明るい六月の電燈の下で チラチラと鋏を輝かせ 針を運び 繊細なレースをいじる。―― 「どう?……これでよろしいの? 長くはなくって?」 妻は薄紫のきものの膝から 雪のようなきれをつまみあげた。 「い・・・ 宮本百合子 「心の飛沫」
・・・先生、先生は、月夜に立ちのぼる水の、不思議に蠱惑的な薫りを御存じでございますか、扁平な櫂に当って転げる水玉の、水晶を打つ繊細な妙音を御存じでございますか。―― けれども、自然は決して単調な議事ではございません。時には息もつまるような大暴・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・花店につきものの、独特のすずしさ、繊細な蔭、よい匂のそよぎが辺満ちている。私は牽つけられるように内に入った。そして一巡して出て来て見ると、若者はまださっきから同じところに立ったまま身動もしずにいる。 彼は、往来を歩いていたときとはまるで・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ ところが、その繊細な、ある意味では人間らしい嫌悪や恐怖に、日本の社会の歴史的伝統の著しい特色が加わった。そして今日外国の知識人がおどろいてそのころの日本の状態を理解しがたく感じるほどの知的麻痺がひき起された。社会生活の現実で、「知らし・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
・・・ この美に対して私は無条件な細かな美と云う事が出来る、繊細な美と云う事が出来る。 極く精巧な細っかい美くしさではあっても、偉大な魅力と威をもって我々の上に高く輝いて居るものである。 この美は多くの場合には自然の中に生きて居る、そ・・・ 宮本百合子 「繊細な美の観賞と云う事について」
・・・それに、このひとの指揮ぶりは特徴がつよくて、オーケストラに向って指揮棒が縦に縦にと働きかけて行く。繊細、強靭、且疳がつよくて、音に対する態度は貴族的であり命令的である。嵩よりも線の感じのつよい指揮の態度なのであった。 私の好みに必ずしも・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
・・・ 那須には、そんな一種繊細なところのある風景は尠い。然し何と重厚に自然は季節を踏んで行くことだろう。先月二十七日に来た時、東公園と呼ばれる一帯の丘陵はまだ薄すり赤みを帯びた一面の茶色で、枯木まじりに一本、コブシが咲いていた。その白い花の・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・の登場の今日の必然は、彼等の存在が今や無視出来ないほどの重要性を持ち、作家をして書かずにはいられなくさせていること、同時に近頃の小説が一方で従来の繊細な内的追及に没頭している他の一方では、これまでの文学の心情と全く縁のない、別の生の発展に興・・・ 宮本百合子 「文学のディフォーメイションに就て」
出典:青空文庫