・・・ただもうわたしは薄情だと、そればかり口惜しそうに繰返すのです。もっとも発作さえすんでしまえば、いつも笑い話になるのですが、………「若槻はまたこうもいうんだ。何でも相手の浪花節語りは、始末に終えない乱暴者だそうです。前に馴染だった鳥屋の女・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・しかし夫は苦しそうに額の汗を拭いながら、こう繰り返すばかりである。「早くしてくれ。早く。――早くしないと、大変だから。」 常子はやむを得ず荷造りに使う細引を一束夫へ渡した。すると彼はその細引に長靴の両脚を縛りはじめた。彼女の心に発狂・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・これは菊池が先月の文章世界で指摘しているから、今更繰返す必要もないが、唯、自分にはこの異常性が、あの黒熱した鉄のような江口の性格から必然に湧いて来たような心もちがする。同じ病的な酷薄さに色づけられているような心もちがする。描写は殆谷崎潤一郎・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・そうして彼が教育家としてなしうる仕事は、リーダーの一から五までを一生繰返すか、あるいはその他の学科のどれもごく初歩のところを毎日毎日死ぬまで講義するだけの事である。もしそれ以外の事をなさむとすれば、彼はもう教育界にいることができないのである・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 且つ仕舞船を漕ぎ戻すに当っては名代の信者、法華経第十六寿量品の偈、自我得仏来というはじめから、速成就仏身とあるまでを幾度となく繰返す。連夜の川施餓鬼は、善か悪か因縁があろうと、この辺では噂をするが、十年は一昔、二昔も前から七兵衛を知っ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・それを繰返すばかりであるから、これが企謀んだ処で、自分の身の上の事に過ぎぬ。あえて世間をどうしようなぞという野心は無さそうに見えたのに―― お供の、奴の腰巾着然とした件の革鞄の方が、物騒でならないのであった。 果せるかな。 小春・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・――青山、葉山、羽黒の権現さんあとさき言わずに、中はくぼんだ、おかまの神さん唄いつつ、廻りつつ、繰り返す。画工 (茫然として黙想したるが、吐息して立ってこれを視おい、おい、それは何の唄だ。小児一 ああ、何・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・河の水はどうですかと、家の者から口々に問わるるにつけても、ここで雨さえ小降りになるなら心配は無いのだがなアと、思わず又嘆息を繰返すのであった。 一時間に五分ぐらいずつ増してるから、これで見ると床へつくにはまだ十時間ある訳だ。いつでも畳を・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・予の屡繰返す如く、欧人の晩食の風習や日本の茶の湯は美食が唯一の目的ではないは誰れも承知して居よう、人間動作の趣味や案内の装飾器物の配列や、応対話談の興味や、薫香の趣味声音の趣味相俟って、品格ある娯楽の間自然的に偉大な感化を得るのであろう・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・と、相手の呶鳴るのを抑える為め手を振って繰返すほかなかった。「……実に変な奴だねえ、そうじゃ無い?」 よう/\三百の帰った後で、彼は傍で聴いていた長男と顔を見交わして苦笑しながら云った。「……そう、変な奴」 子供も同じように・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫