・・・いうのは徳義上の罪であるから公に所刑せらるるのであるけれども、その罪を犯した人間が、自分の心の径路をありのままに現わすことが出来たならば、そうしてそのままを人にインプレッスする事が出来たならば、総ての罪悪というものはないと思う。総て成立しな・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・一方より見れば、生れて何らの人生の罪悪にも汚れず、何らの人生の悲哀をも知らず、ただ日々嬉戯して、最後に父母の膝を枕として死んでいったと思えば、非常に美くしい感じがする、花束を散らしたような詩的一生であったとも思われる。たとえ多くの人に記憶せ・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・みな矛盾である。みな罪悪である。吾等の心象中微塵ばかりも善の痕跡を発見することができない。この世界に行わるる吾等の善なるものは畢竟根のない木である。吾等の感ずる正義なるものは結局自分に気持がいいというだけの事である。これは斯うでなければいけ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・あの日の命令者は、人類の平和にたいする罪悪的命令者であったということを、彼らの有罪訴因として読みあげられた十数年間にわたる彼らの行為のかずかずからあらためてこころにうちこまれた。 人類にたいして犯された侵略的な謀議の罪はさばかれた。けれ・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・渡辺氏は、宗教が、たとえば宗教裁判や戦争挑発によって過去に人類的罪悪を犯したのは――反科学的であったのは、宗教が宗教の外へ出て行動した場合だけであったと言いました。が、渡辺氏は、そういう理論づけを我からつきくずして、まるでその口元が目にみえ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・社会生活におけるそのことの必然を認めることさえ罪悪とした軍部の圧力は、若い精神に、この苛烈な運命に面して自分としてのすべてに拘泥することをいさぎよしとせず、それをみにくいことと思わせるほどに成功していた。だから一九四五年以後にこれらの若い精・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・秘密の罪悪を人に教える教科書だと言っても好い。あれ程危険なものはあるまい。作者が男色事件で刑余の人になってしまったのも尤もである。Shaw は「悪魔の弟子」のような廃れたものに同情して、脚本の主人公にする。危険ではないか。お負に社会主義の議・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・一切の芽がその当然成長すべきだけ成長しないのは、確かに罪悪です。それは当人の罪であるばかりでなく、また傍にいて救いの手を貸してやらない者も、責めを負わねばなりません。 ここに私は困難な、そうして興味ある問題を見いだします。なぜなら、青春・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
・・・――我々は現戦争のあらゆる著しい特質を見まわしたあとで、結局、最近の自然力支配は人間の罪悪と不幸とを一層深めた、という結論に到達する。すなわち解放せられた自然的欲望はその自由の悪用のゆえに貪婪の極をつくしてついに自分を地獄に投じた。人智の誇・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
・・・光明なる表面は暗黒なる罪悪を包む。闇の中には爆裂弾をくれてやりたい金持ちや馬糞を食わしてやりたい学者が住んでいる。万事はただ物質に執着する現象である。執着の反面には超越がある。酒に執着するものは饅頭を超越し、肉体に執着するものは心霊を超越す・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫