・・・との間は不思議そうに、あたりを見廻していましたが、忽ち又勇気をとり直すと、「魔法使め」と罵りながら、虎のように婆さんへ飛びかかりました。 が、婆さんもさるものです。ひらりと身を躱すが早いか、そこにあった箒をとって、又掴みかかろうとす・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ 間瀬久太夫が、誰に云うともなくこう云うと、原惣右衛門や小野寺十内も、やはり口を斉しくして、背盟の徒を罵りはじめた。寡黙な間喜兵衛でさえ、口こそきかないが、白髪頭をうなずかせて、一同の意見に賛同の意を表した事は、度々ある。「何に致せ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・翁は大仰に首を振って、「その知人の家に居りますと、急に往来の人通りがはげしくなって、あれを見い、あれを見いと、罵り合う声が聞えます。何しろ、後暗い体ですから、娘はまた、胸を痛めました。あの物盗りが仕返ししにでも来たものか、さもなければ、検非・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・実際古千屋の男のように太い声に罵り立てるのは気味の悪いものだったのに違いなかった。 そのうちに夜は明けて行った。直孝は早速古千屋を召し、彼女の素姓を尋ねて見ることにした。彼女はこういう陣屋にいるには余りにか細い女だった。殊に肩の落ちてい・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・この様を見たる喜左衛門は一時の怒に我を忘れ、この野郎、何をしやがったと罵りけるが、たちまち御前なりしに心づき、冷汗背を沾すと共に、蹲踞してお手打ちを待ち居りしに、上様には大きに笑わせられ、予の誤じゃ、ゆるせと御意あり。なお喜左衛門の忠直なる・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・と、威丈高に罵りました。 が、杜子春は相変らず唇一つ動かしません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、荒々しく何か言いつけると、鬼どもは一度に畏って、忽ち杜子春を引き立てながら、森羅殿の空へ舞い上りました。 地獄には誰で・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・炉を間に置いて佐藤の妻と広岡の妻とはさし向いに罵り合っていた。佐藤の妻は安座をかいて長い火箸を右手に握っていた。広岡の妻も背に赤ん坊を背負って、早口にいい募っていた。顔を血だらけにして泥まみれになった佐藤の跡から仁右衛門が這入って来るのを見・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 口を極めてすでに立ち去りたる巡査を罵り、満腔の熱気を吐きつつ、思わず腕を擦りしが、四谷組合と記したる煤け提灯の蝋燭を今継ぎ足して、力なげに梶棒を取り上ぐる老車夫の風采を見て、壮佼は打ち悄るるまでに哀れを催し、「そうして爺さん稼人はおめ・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ 有体に言うと今の文人の多くは各々蝸牛の殻を守るに汲々として互いに相褒め合ったり罵り合ったりして聊かの小問題を一大事として鎬を削ってる。毎日の新聞、毎月の雑誌に論難攻撃は絶えた事は無いが、尽く皆文人対文人の問題――主張対主張の問題では無・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・それにもかかわらず、何故彼はかくの如く、猛烈に、火を吐く如くに叫び、罵り、挑戦し、さながら僧にしてまた兵の如くに奮闘馳駆しなければならなかったか。 それは天意への絶対尊信と、その奉行のための使命の自覚と、同時代への関心と、祖国の愛護と、・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫