・・・ 殊に、幼児の時分には、お母さんは、全く太陽そのものであって、なんでもお母さんのしたことは、正しくあればまた美しくもあり、善いことでもあったでありましょう。実に、子供の眼には、お母さんは、人間性そのものゝ化身の如く感ぜられるのです。お母・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・ この美しい自然も自由な大空も決して美しくもなければ、また、自由でもないと思うに至ったのである。 人生は、こんな醜悪なものだ、行っても、行っても灰色な道だ。美しいと思っていたのが誤りだったと、誰がそう信じて、満足するであろうか。・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・だがその姿勢が悩みのために、支えんとしても崩されそうになるところにこそ学窓の恋の美しさがあるのであって、ノートをほうり出して異性の後を追いまわすような学生は、恋の青年として美しくもなく、また恐らく勝利者にもなれないであろう。 しかし私が・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 彼女は、もう、すべっこくも、美しくもなくなっていた。彼女は、何故か、不潔で、くさく、キタないように見えた。 まもなく田植が来た。親爺もおふくろも、兄も、それから僕も、田植えと、田植えのこしらえに額や頬に泥水がぴしゃぴしゃとびかゝる・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・この花嫁の花婿であったところの老学者の記憶には夕顔の花と蛾とにまつわる美しくも悲しい夢幻の世界が残っている。そう云って彼は私に囁くのである。私には彼女がむしろ烏瓜の花のように果敢ない存在であったように思われるのである。 大きな蛾の複眼に・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・この花嫁の花婿であったところの老学者の記憶には夕顔の花と蛾とにまつわる美しくも悲しい夢幻の世界が残っている。そう言って彼は私にささやくのである。私には彼女がむしろからすうりの花のようにはかない存在であったように思われるのである。 大きな・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・などの中に、いわゆる才気煥発で、美しくもあり、当時にあって外国語の小説などを読む女を、それとは反対に自然に咲いている草花のような従来の娘と対置して描いているのは、注目をひくところである。今日の私たちの心持から見ると、漱石が描いた藤尾にしろ、・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・女は美しくもなく、醜くもなく、何一つ際立って人の目を惹くことのない人であった。 向いの家の下宿人は度々入り替ると見えて、見知った人がいなくなり、新しい人が見えるのに気の附くことがあった。しかしF君と安国寺さんとは外へ遷らずにいた。私の家・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫