・・・婦人をその天与の生理にも、心理にも合わない労働戦線に狩り出して、男子のような競争をさせるのでなく、処女らしさ、妻らしさ、母らしさを保護し、育児と、美容とに矛盾しない範囲の労働にとどめしめることは、新しい社会の義務だと思うのである。天理の自然・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ そうして、数日後、二人の行進は、日本橋のあるデパート内の美容室に向って開始せられる事になる。 おしゃれな田島は、一昨年の冬、ふらりとこの美容室に立ち寄って、パーマネントをしてもらった事がある。そこの「先生」は、青木さんといって三十・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・女の美容術の第一課は、心のたんれんだ。僕はそう思うよ。」「でも、私、よごれているのよ。」「判らんなあ。だから。言ってるじゃないか。からだは問題でないんだ。心だよ、心だよ。」 そう言いながら、私はわくわく興奮しだした。雪の傍にある・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・もしもし、美容術のうちはどっちでしたかね。」 ひなげしはあんまり立派なばらの娘を見、又美容術と聞いたので、みんなドキッとしましたが、誰もはずかしがって返事をしませんでした。悪魔の蛙がばらの娘に云いました。「ははあ、この辺のひなげしど・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・わたしたちの眼がぱっちりと見ひらかれないで、睫がやにで半分閉されているようなとき、その眼を美しくするために冷たい水でもって眼をお洗いなさいというようなことを美容法では忠告しています。清新な眼を見ひらいた美しい匂やかなまなざしを、わたしたちは・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・ ――上へ参ります、上へ参ります。 ――美容術をやって見せるんだよ。 ――だって二十銭も違うんだもん、そりゃそうだろう。 緑色の仕着せを着た音楽隊はフィガロの婚礼を奏し、飾棚にロココの女の入黒子で流眄する。無数の下駄の歯の音・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・ ひところ若い娘の美容法の一くさりに、眼の美しい表情は程よい読書と頭脳の集中された活動によってもたらされる、ということが云われた時代があった。今ではこれも長閑な昔がたりのようにきこえる。若い娘の知力は、ただあれもこれも知っているという皮・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」
出典:青空文庫