・・・彼は格別美少年ではなかった。しかしどこか若木に似た水々しさを具えた少年だった。ちょうど十日ばかり以前のある午後、僕等は海から上った体を熱い砂の上へ投げ出していた。そこへ彼も潮に濡れたなり、すたすた板子を引きずって来た。が、ふと彼の足もとに僕・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・しかしああ云う美少年の癖に少しもホモ・エロティッシュな気を起させないだろう。あれは一体どう云う訣かしら?」 Kは寄宿舎の硝子窓を後ろに真面目にこんなことを尋ねたりした、敷島の煙を一つずつ器用に輪にしては吐き出しながら。 ・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・その時ふと鏡を見ると、驚いたことにタウンゼンド氏はいつのまにか美少年に変り、保吉自身は腰の曲った白頭の老人に変っていた。 恥 保吉は教室へ出る前に、必ず教科書の下調べをした。それは月給を貰っているから、出たらめなこと・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・ ひょろ長い美少年が、「おうい。」 と途轍もない奇声を揚げた。 同時に、うしろ向きの赤い袖が飜って、頭目は掌を口に当てた、声を圧えたのではない、笛を含んだらしい。ヒュウ、ヒュウと響くと、たちまち静に、粛々として続いて行く。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・筍の膚も美少年。どれも、食ものという形でなく、菜の葉に留まれ蝶と斉しく、弥生の春のともだちに見える。…… 袖形の押絵細工の箸さしから、銀の振出し、という華奢なもので、小鯛には骨が多い、柳鰈の御馳走を思出すと、ああ、酒と煙草は、さるにても・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・ところが社員は恐る恐る刺を通じて早速部屋に通され、粛々如として恭やしく控えてると、やがてチョコチョコと現われたは少くも口髯ぐらい生やしてる相当年配の紳士と思いの外なる極めて無邪気な紅顔の美少年で、「私が森です」と挨拶された時は読売記者は呆気・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・その中に馬琴の『美少年録』や『玉石童子訓』や『朝夷巡島記』や『侠客伝』があった。ドウしてコンナ、そこらに転がってる珍らしくもないものを叮嚀に写して、手製とはいえ立派に表紙をつけて保存する気になったのか今日の我々にはその真理が了解出来ないが、・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 生まれつき肌が白いし、自分から言うのはおかしいが、まア美少年の方だったので、中学生の頃から誘惑が多くて、十七の歳女専の生徒から口説かれて、とうとうその生徒を妊娠させたので、学校は放校処分になり、家からも勘当された。木賃宿を泊り歩いてい・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ 更に垢ぬけているといえば、その寝顔は、ぞっと寒気がするくらいの美少年である。 胸を病む少女のように、色が青白くまつ毛が長く、ほっそりと頬が痩せている。 いわば紅顔可憐だが、しかしやがて眼を覚まして、きっとあたりを見廻した眼は、・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・「私が高等学校の寄宿舎にいたとき、よその部屋でしたが、一人美少年がいましてね、それが机に向かっている姿を誰が描いたのか、部屋の壁へ、電燈で写したシルウェットですね。その上を墨でなすって描いてあるのです。それがとてもヴィヴィッドでしてね、・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
出典:青空文庫