・・・他に君にどんな好い長所や美点があろうと、唯君が貧乏だというだけの理由から、彼等は好かないというんだからね、仕様がないじゃないか。殊にYなんかというあゝ云った所謂道徳家から見ては、単に悪病患者視してるに堪えないんだね。機会さえあればそう云った・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・彼はその必要品を粗略にするほど、東洋豪傑風の美点も悪癖も受けていない。今の流行語でいうと、彼は西国立志編の感化を受けただけにすこぶるハイカラ的である。今にして思う、僕はハイカラの精神の我が桂正作を支配したことを皇天に感謝する。 机の上を・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・やらを、少しも照れずに自慢し、その長所、美点を講釈している。そのもうろくぶりには、噴き出すほかはない。作家も、こうなっては、もうダメである。「こしらえ物」「こしらえ物」とさかんに言っているようだが、それこそ二十年一日の如く、カビの生えて・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・敵の証言が味方のそれよりもかえって当人の美点を如実に宣明することもしばしばあるのである。 ただいずれの場合においても応用心理学の方でよく研究されている「証言の心理」「追憶の誤謬」に関する十分の知識を基礎としてそれらの資料の整理をしなけれ・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・ 自分の感じたところでは、この映画の最もすぐれた長所であり、そうして容易にまねのできそうもないと思われる美点は、全巻を通じて流れている美しい時間的律動とその調節の上に現われたこの監督の鋭敏な肌理の細かい感覚である。換言すれば映画芸術の要・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・それがまた特に合議者間に平素から意思の疎通を欠いでいるような場合だと、甲の持ち出す長所は乙の異議で疵がつき、乙の認める美点は甲の詮索でぼろを出すということが往々ある。結局大勢かかればかかる程みんなが「検事」の立場になって、「弁護士」は一人も・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・しかしまた、西鶴のような頭のいい観察者が、真の武士道の中の美点をも認めることが出来なかったとは想像されない。そうした例も実際捜せばところどころには散在するのである。 それはいずれにしても、武士道というものに対しても西鶴が独自の見解をもっ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・人の話によるとなかなかよく日本人の特性をうがっていて、むしろ日本人の美点を表現しているそうですが、タケラモに恐れてまだ見ません。 ベルリンから 今度の旅行中は天気の悪い日が多くて、ことにスイスでは雨や霧のためにア・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ このような種々な美点は勿論津田君の人格と天品とから自然に生れるものであろうが、しかし同君は全く無意識にこれを発揮しているのではないと思われる。断えざる研究と努力の結果であることはその作品の行き方が非常な目まぐるしい速度で変化しつつある・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・そもそも日本の女の女らしい美点――歩行に不便なる長い絹の衣服と、薄暗い紙張りの家屋と、母音の多い緩慢な言語と、それら凡てに調和して動かすことの出来ない日本的女性の美は、動的ならずして静止的でなければならぬ。争ったり主張したりするのではなくて・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫