・・・新聞の記事は諸会社のボオナスや羽子板の売れ行きで持ち切っていた。けれども僕の心もちは少しも陽気にはならなかった。僕は仕事をすませる度に妙に弱るのを常としていた。それは房後の疲労のようにどうすることも出来ないものだった。……… K君の来た・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・五 沼南のインコ夫人の極彩色は番町界隈や基督教界で誰知らぬものはなかった。羽子板の押絵が抜け出したようで余り目に立ち過ぎたので、鈍色を女徳の看板とする教徒の間には顰蹙するものもあった。欧化気分がマダ残っていたとはいえ、沼南が・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・うでもなく眠るでもなくただじゃらくらと更けるも知らぬ夜々の長坐敷つい出そびれて帰りしが山村の若旦那と言えば温和しい方よと小春が顔に花散る容子を御参なれやと大吉が例の額に睨んで疾から吹っ込ませたる浅草市羽子板ねだらせたを胸三寸の道具に数え、戻・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・私の顔です。羽子板がずらりと並んでいて、その中で際立って大きいのを、三つになるお嬢さんが、あれほしい、あれ買って、とだだをこねて、店のあるじの答えて言うには、お嬢さん、あれはいけません、あれは看板です、という笑い話。こんなに顔が大きくなると・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・蠅たたきだって、羽子板のかわりくらいにはなるかも知れないわ。こんな線香花火なんかよりは、子供にはいい玩具かもわからない。冬の花火なんて、何だか気味が悪いわねえ。さっき睦子が持っているのをちらと見た時、なぜだか、ぎょっとしたわよ。だっ・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・ 豪家に生まれた子供が女であったために、ひどく失望した若い者らは、大きな羽子板へ凧のように糸目をつけてかつぎ込んだなどという話さえある。 子供の初節句、結婚の披露、還暦の祝い、そういう機会はすべて村のバッカスにささげられる。そうしな・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・ 一番末の弟は、羽子板をもらって子供部屋で、遊ぶ事のすきな兄と羽根突――弟の云う「羽根たたき」をして居る。 一番上の弟は書生部屋に行って何か作って居る。 家の中が随分としずかだ。 家敷町で、この近処に何もそう、せわしい商売を・・・ 宮本百合子 「午後」
・・・東京で歳暮の町を歩いて一番目につく羽子板等はあんまり飾ってなく、あれば色取った紙を板にはりつけた二三銭のか、それでなければ八重垣姫や助六等を粗末な布で押し絵にしたものばかりである。凧の方がまだ見事に書いたのがある。まだ小学があると見えてそう・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫