・・・酒も煙草も飲まず、ただそこらじゅう拭きまわるよりほかに何一つ道楽のなかった伊助が、横領されやしないかとひやひやしてきた寺田屋がはっきり自分のものになった今、はじめて浄瑠璃を習いたいというその気持に、登勢は胸が温まり、お習いやす、お習いやす…・・・ 織田作之助 「螢」
・・・しかしまだ習いたてだから何にも書けない。」「コロンブスは佳く出来ていたね、僕は驚いちゃッた。」 それから二人は連立って学校へ行った。この以後自分と志村は全く仲が善くなり、自分は心から志村の天才に服し、志村もまた元来が温順しい少年であ・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・否々彼も人の子なり、我子なり、吾に習いて巧みにうたい出る彼が声こそ聞かまほしけれ、少女一人乗せて月夜に舟こぐこともあらば彼も人の子なりその少女ふたたび見たき情起こさでやむべき、われにその情見ぬく眼ありかならずよそには見じ。 波止場に入り・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・随分大勢習いに来るものもありました。男女とも一室で、何でも年の大きい女の傍に小さい男の児が坐るというような体になって居たので、自然小さいものは其傍に居る娘さん達の世話になったのです。私はお蝶さんという方を大層好いて居て、其方をたよりにばかり・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ところが世の中のお定まりで、思うようにはならぬ骰子の眼という習いだから仕方が無い、どうしてもこうしてもその女と別れなければならない、強いて情を張ればその娘のためにもなるまいという仕誼に差懸った。今考えても冷りとするような突き詰めた考えも発さ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・せぬあなたには小春さんがと起したり倒したり甘酒進上の第一義俊雄はぎりぎり決着ありたけの執心をかきむしられ何の小春が、必ずと畳みかけてぬしからそもじへ口移しの酒が媒妁それなりけりの寝乱れ髪を口さがないが習いの土地なれば小春はお染の母を学んで風・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・この子は十八の歳に中学を辞して、私の郷里の山地のほうで農業の見習いを始めていた。これは私の勧めによることだが、太郎もすっかりその気になって、長いしたくに取りかかった。ラケットを鍬に代えてからの太郎は、学校時代よりもずっと元気づいて来て、翌年・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・かねて少年雑誌で習い覚えてあった東京弁を使いました。けれども宿に落ちつき、その宿の女中たちの言葉を聞くと、ここもやっぱり少年の生れ故郷と全く同じ、津軽弁でありましたので、少年はすこし拍子抜けがしました。生れ故郷と、その小都会とは、十里も離れ・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・と礼法全書で習いおぼえた口上を述べ、「幾久しゅうお願い申上げます。」と、どうやら無事に言い納めた時に、三十歳を少し越えたくらいの美しい人があらわれ、しとやかに一礼して、「はじめてお目にかかります。正子の姉でございます。」「は、幾久し・・・ 太宰治 「佳日」
・・・学校で習うことは、誰でも習いさえすれば覺えることであり、一とわたりは言葉で云い現わすことの出来るような理窟の筋道の通ったことばかりであったが、亀さんの鳥や魚の世界に関する知識は全く直観的なものであって、とうてい教わることの出来ない種類のもの・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
出典:青空文庫