・・・ここの案内をした老年の土人は病気で熱があるとかいってヨロヨロしていたが菩提樹の葉を採ってみんなに一枚ずつ分けてくれた。カンジーにあるという仏足や仏歯の模造がある。本堂のような所にはアラバスターの仏像や、大きな花崗石を彫って黄金を塗りつけた涅・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 教育にしても子供から青年までの教育機関はあっても中年、老年の教育機関が一向にととのっていない。しかし、人間二十五、六歳まで教育を受ければそれで十分だという理窟はどこにもない。死ぬまで受けられる限りの教育を受けてこそ、この世に生れて来た・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・踊子の洋装と化粧の仕方を見ても、更に嫌悪を催す様子もなく、かえって老年のわたくしがいつも感じているような興味を、同じように感じているものらしく、それとなくわたくしと顔を見合せるたびたび、微笑を漏したいのを互に強いて耐えるような風にも見られる・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・然るに今や老年と疾病とはあらゆる希望と気魄とを蹂み躙ろうとしている。此の時に当って、曾て夜々紐育に巴里にまた里昂の劇場に聞き馴れた音楽を、偶然二十年の後、本国の都に聴く。わたくしは無量の感慨に打たれざるを得ない。 顧るにオペラの始て帝国・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・仮令ば人間の一生は連続している、嬰児期幼児期少年少女期青年処女期壮年期老年期とまあ斯うでしょう、ところが実はこれは便宜上勝手に分類したので実は連続しているはっきりした堺はない、ですから、若し四十になる人が代議士に出るならば必ず生れたばかりの・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・然れども余は他の方面より、余の此事あるが為に老年の両親を苦しましめ、朋友に苦慮を増さしむるを思へば、自己一身の為に他者を損ふの苦痛をなすに堪へず。遂に彼女に送るに絶交の書を以てせり。されども余の素願は、固より彼女の内部に潜める才能を認め、願・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・勇吉もおしまも、老年の平和な幸福が数年先に両手を拡げて待っていると思った。村の者も、それを当然としてうらやんでいた。ところが、ものは順当に行き難いもので、養子が兵役にとられることに成った。勇吉やおしまは、少からず落胆せずにはいられなかった。・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・レムブラントの晩年の自画像や老年のゴヤの自画像などは、それぞれの人間像としてわたしたちにつよい感銘を与えるものである。しかし、ケーテのこの写真は、前の二つのどの自画像ともちがっている。暗い帝国主義の歴史が生活の重量となってずっしりと彼女をと・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・幼年と成年、老年と自身との間に、鋭い歴史的自覚の線を感じ、それをおしすすめ、新民主主義という自身の興味つきない課題を完遂して、世界の中に一人前になろうと欲してこそ、自然なのである。 燦く石にさえ、宝石として一つ一つにさまざまの名がつ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・それでも老年にはいってから、たべものが変るにつれ、いつとはなし米沢でたべたもの、例えば粒のこまかい納豆だの、納豆もちだのを好んで食べるようになった。 私は興味をもって、その移りかわりを見ていた。 故郷をもつ人が、病気などしたり、暮し・・・ 宮本百合子 「故郷の話」
出典:青空文庫