・・・ それから、かれこれ十日ばかりの間、修理は、居間にとじこもって、毎日ぼんやり考え事に耽っていた。宇左衛門の顔を見ても、口を利かない。いや、ただ一度、小雨のふる日に、時鳥の啼く声を聞いて、「あれは鶯の巣をぬすむそうじゃな。」とつぶやいた事・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ その明くる日、太陽は、よほど深く考え事があるとみえて、終日、顔を見せませんでした。 小川未明 「煙突と柳」
・・・或は、何か考え事などあって、子供の返事どころでなかったとする。二度も、三度も、子供が呼んでから、やっと、「なんですか」と、いうような、情味のない返事であったら、その言葉は、子供の期待にそむいて、いかなる感銘を与えるであろうか。それを思え・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
○この頃は痛さで身動きも出来ず煩悶の余り精神も常に穏やかならんので、毎日二、三服の痲痺剤を飲んで、それでようよう暫時の痲痺的愉快を取って居るような次第である。考え事などは少しも出来ず、新聞をよんでも頭脳が乱れて来るという始末で、書くこと・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・頭を抱え込んでまるで学者が考え事して居る時みたいに家中をあるきまわる。床がギシギシ云う、天井にすすがぶらさがって居る。女中達が考えのいかにも無さそうなゲラゲラ声をたてて笑って居る――そんな事はよけいに私を怒らせて、まるで今日だけ特別に私をか・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫