・・・居士が言いましたよ。耕地が一面に向うへ展けて、正面に乙女峠が見渡される……この荒庭のすぐ水の上が、いま詣でた榎の宮裏で、暗いほどな茂りです。水はその陰から透通る霞のように流れて、幅十間ばかり、水筋を軽くすらすらと引いて行きます。この水面に、・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・山はあるところでは急激な崖になって海に這入り、又あるところは山と山との間の谷間が平かになって入江を形づくり部落と段々畑になった耕地がある。そして島の周囲には、いくつかのより小さい岩の島がある。 私はしかし、小さい頃から和やかな瀬戸内海の・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・谷間から丘にかけて一帯に耕地が固くなって荒れるがまゝにされている中に、その一隅の麦畑は青々と自分の出来ばえを誇っているようだった。 二 もう今日か明日のうちに腹から仔豚が出て来るかも知れんのだが、そういうやつを野ッ原・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・二人は高い崖の下道に添うて、耕地のある岡の上へ出た。起伏する地の波はその辺で赤土まじりの崖に成って、更に河原続きの谷底の方へ落ちている。崖の中腹には、小使の音吉が弟を連れて来て、道をつくるやら石塊を片附けるやらしていた。音吉は根が百姓で、小・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・で読めばただ一目で土地の高低起伏、斜面の緩急等が明白な心像となって出現するのみならず、大小道路の連絡、山の木立ちの模様、耕地の分布や種類の概念までも得られる。 自分は汽車旅行をするときはいつでも二十万分一と五万分一との沿線地図を用意して・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・ぼくらは松林の中だの萱の中で何べんもほかの班に出会った。みんなぼくらの地図をのぞきたがった。萱の中からは何べんも雉子も飛んだ。耕地整理になっているところがやっぱり旱害で稲は殆んど仕付からなかったらしく赤いみじかい雑草が生えておま・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・先月まではぼくは県庁の耕地整理の方へ出てたんだ。ところが部長と喧嘩してね、そいつをぶんなぐってやめてしまったんだ。商売をやるたって金もないしね、やっとその顕微鏡を友だちから借りてこの商売をはじめたんだ。同情してくれ給え。」ペンキ屋「だっ・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・ 農家を維持するに必要な最小限の耕地面積は略一町七反であると云われている。 ところが実際では日本の全耕地所有農家の約半数が五反未満の田畑をもっているに過ない。 玄米一石の生産費自作農二五円八七銭 小作農二八円七一銭・・・ 宮本百合子 「新しき大地」
・・・東京の市中では想像もつかない広い空、耕地、遠くの山脈。竹やぶの細い葉を一枚一枚キラキラ強い金色にひらめかせながら西の山かげに太陽が沈みかけると、軽い蛋白石色の東空に、白いほんのりした夕月がうかみ出す、本当に空にかかる軽舸のように。しめりかけ・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 第一次五ヵ年計画のすんだ今では全農戸の七割が集団農場化し、耕作機械、刈入機械の配給所は三千百ヵ所にまで殖えた。耕地面積は五年前を一〇〇とすると一四五で、世界のよその国ではアメリカでも農業恐慌で耕作面がどんどん縮少しているのに比べて実に・・・ 宮本百合子 「今にわれらも」
出典:青空文庫