・・・ お君は、救を求める様に、シパシパの眼をあいたりつぶったりして居ると耳元で、何かが、「お父さんに来てもろうたがいいと云う様に感じた。 お君は、いかにも嬉しそうに、パッとした顔をして、一つ心に合点すると共に、喜びを押え・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 母親のそばへずっとよって、耳元で云った。「おっかさんが今何の役をさせられているか分る? ス・パ・イ・よ。むこうは、わけの分らない、只うまく立廻ろうとしている親をそういう風に利用しているのよ。しっかりして頂戴、たのむから……」 ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ そうすると女中は気をゆるめた様にきっちりたのんだ時間でない時に耳元で、 貴方様と呼んだり、 鳩はもうさっきから出て居りますんですよ。と云ったりする様になった。 いまいましそうな顔をして、 お・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
彼女は耳元で激しく泣き立てる小さい妹の声で夢も見ない様な深い眠りから、丁度玉葱の皮を剥く様に、一皮ずつ同じ厚さで目覚まされて行きました。 習慣的に夜着から手を出して赤い掛布団の上をホトホトと叩きつけてやりながらも、ぬく・・・ 宮本百合子 「二月七日」
・・・ 訴え 哀れな夫婦の耳元で、訴えの一言が雷のように鳴り響いた。 無智な農民の心を支配している法律に関するこの上ない恐怖が、彼等の頭を掻き乱したのである。 道理の有無に関らず、彼等を一竦みに縮み上らせるのは、訴えてやるぞという言葉であ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ その噂の元はと云えば、誰も知る者はなく、婆さんの耳元だけ、聞えたと感じた事もなかなか少なくないのである。中傷するほどの腕はないけれ共、自分の交際ばかりを次第次第にせばめて居るのである。「先生とこの奥様もこの上なしのぐうたらです・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫