・・・何だか翡翠の簪や金の耳環が幕の間に、ちらめくような気がするが、確かにそうかどうか判然しない。現に一度なぞは玉のような顔が、ちらりとそこに見えたように思う。が、急にふり返ると、やはりただ幕ばかりが、懶そうにだらりと下っている。そんな事を繰り返・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・彼女は耳環を震わせながら、テエブルのかげになった膝の上に手巾を結んだり解いたりしていた。「じゃこれもつまらないか?」 譚は後にいた鴇婦の手から小さい紙包みを一つ受け取り、得々とそれをひろげだした。その又紙の中には煎餅位大きい、チョコ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・門一ぱいに当っている、油のような夕日の光の中に、老人のかぶった紗の帽子や、土耳古の女の金の耳環や、白馬に飾った色糸の手綱が、絶えず流れて行く容子は、まるで画のような美しさです。 しかし杜子春は相変らず、門の壁に身を凭せて、ぼんやり空ばか・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ さまざまな化粧品や、真珠のはまった金の耳輪や、蝶形のピンや、絹の靴下や、エナメル塗った踵の高い靴や、――そういう嵩ばらずに金目になる品々が、哈爾賓から河航汽船に積まれて、松花江を下り、ラホスースから、今度は黒竜江を遡って黒河へ運ばれて・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・「前島、その耳輪を俺によこしとけよ。」 兵士は命令を待っている間に、今さっき百姓小屋で取ってきた獲物を、今度はお互いに、口でだまして奪い合った。「いやですよ、軍曹殿。」「俺のナイフと交換しようか。」 ほかの声が云った。・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・○KR女史に、耳環を贈る約束。○人の子には、ひとつの顔しか無かった。○性慾を憎む。○明日。 読んでいって、てるには、ひどく不思議な気がした。庭を掃き掃き、幾度も首をふって考えた。この、謂わば悪魔のお経が、てるの嫁入りまえ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・綿花を栽培し、織物工場で働く耳輪だけ大きい痩せたインド人の後に、ヘルメット帽をかぶり、鼻眼鏡を光らしたイギリス人がいた。 ソヴェトの子供は、幼稚園で、或は小学校で、自然界と人間社会との関係を、日常のあらゆるいきた労作の中から直接学びとる・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・父の死後母は熱心な王党員である司令副官と結婚し、この一家とマリイ・アントワネットのきずなは、アントワネットが断頭台にのぼる前、ロオルの母に自分の髪飾りと耳輪とを形見に与えた程深いものであった。 そのような環境の中に幼時を経た頭の鋭い感傷・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫