宇野浩二は聡明の人である。同時に又多感の人である。尤も本来の喜劇的精神は人を欺くことがあるかも知れない。が、己を欺くことは極めて稀にしかない人である。 のみならず、又宇野浩二は喜劇的精神を発揮しないにもしろ、あらゆる多・・・ 芥川竜之介 「格さんと食慾」
・・・そうかと云って、世間一般の平凡な眼とも違う。聡明な、それでいてやさしみのある、始終何かに微笑を送っているような、朗然とした眼である。本間さんは黙って相手と向い合いながら、この眼と向うの言動との間にある、不思議な矛盾を感ぜずにはいられなかった・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・第一に治修は聡明の主である。聡明の主だけに何ごとによらず、家来任せということをしない。みずからある判断を下し、みずからその実行を命じないうちは心を安んじないと云う風である。治修はある時二人の鷹匠にそれぞれみずから賞罰を与えた。これは治修の事・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・そう云う愛好者は十中八九、聡明なる貴族か富豪かである。 好悪 わたしは古い酒を愛するように、古い快楽説を愛するものである。我我の行為を決するものは善でもなければ悪でもない。唯我我の好悪である。或は我我の快不快である。そう・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・人生に対して最も聡明な誠実な態度をとったからである。雲のごとき智者と賢者と聖者と神人とを産み出した歴史のまっただ中に、従容として動くことなきハムレットを仰ぐ時、人生の崇高と悲壮とは、深く胸にしみ渡るではないか。昔キリストは姦淫を犯せる少女を・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・根柢ある学問はなかったが、不断の新傾向の聡明なる理解者であった。が、この学問という点が緑雨の弱点であって、新知識を振廻すものがあると痛く癪に触るらしく、独逸語や拉丁語を知っていたって端唄の文句は解るまいと空嘯いて、「君、和田平の鰻を食った事・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・真に少数なる読書階級の一角が政治論に触るゝ外は一般社会は総ての思想と全く没交渉であって、学術文芸の如きは遊戯としての外は所謂聡明なる識者にすら顧みられなかった。 二十五年前には文学士春の屋朧の名が重きをなしていても、世間は驚異の目をって・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・二葉亭は近代思想の聡明な理解者であったが、心の底から近代人になれない旧人であったのだ。三 二葉亭は長生きしても終生煩悶の人 それなら二葉亭は旧人として小説を書くに方っても天下国家を揮廻しそうなもんだが、芸術となるとそうでない・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ されば、聡明な母親は、子供のために、自からの向上を怠ってはならぬ。言うこと、なすことについて、深く反省する必要があります。たとえば、その一例として挙げれば、子供が友達と遊んでいたとする、その子供の様子が汚いからといって、また、その子供・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・それ故に、僅かに、神の与えた聡明と歯牙に頼るより他は、何等の武器をも有しない、すべての動物に対して、人間の横暴は極るのであります。 斯の如きことを恥じざるに至らしめた、利益を中心とする文化から解放させなければならぬ。昔の人間は、常に天を・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
出典:青空文庫