・・・少くとも味方は、赤い筋のはいった軍帽と、やはり赤い肋骨のある軍服とが見えると同時に、誰からともなく一度に軍刀をひき抜いて、咄嗟に馬の頭をその方へ立て直した。勿論その時は、万一自分が殺されるかも知れないなどと云うことは、誰の頭にもはいって来な・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ さながら野晒の肋骨を組合わせたように、曝れ古びた、正面の閉した格子を透いて、向う峰の明神の森は小さな堂の屋根を包んで、街道を中に、石段は高いが、あたかも、ついそこに掛けた、一面墨絵の額、いや、ざっと彩った絵馬のごとく望まるる。 明・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「そのまま真白な肋骨を一筋、ぽきりと折って抜取りましてね。(どうだ、手前と怨念に向いまして、お神さんがそう云いますと、あの、その怨霊がね、貴方、上下の歯を食い緊って、と二つばかり、合点々々を致したのでございますよ。(可とお神さん・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ ある年の晦日には、千曲川の河童までが見物に来たというが、それと知つてか知らずにか、「やい、おのれは、千曲川の河童にしゃぶられて、余った肋骨は、鬼の爪楊子になりよるわい」 と、一人が言えば、「おのれは、鳥居峠の天狗にさらわれ・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・そのため後脳をひどく打ち肋骨を折って親父は悶絶した。 見る間に付近に散在していた土方が集まって来て、車夫はなぐられるだけなぐられ、その上交番に引きずって行かれた。 虫の息の親父は戸板に乗せられて、親方と仲間の土方二人と、気抜けのした・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・しかし、何も云わず、ぶくぶくした手が剣身を握りとめないうちに、剣は、肋骨の間にささって肺臓を突き通し背にまで出てしまった。栗本は夢ではないかと考えた。同時に、取りかえしのつかないことを仕出かしてしまったことに気づいた。銃を持っている両腕は、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・その着物が、すっと姿を消しているのを発見する度毎に、肋骨を一本失ったみたいな堪えがたい心細さを覚える。生きて甲斐ない気持がする。けれどもいまは、兄を信じて待っているより他は無い。あくまでも、兄を信じようと思った。「売っちゃ、いやよ。」そ・・・ 太宰治 「花火」
・・・私の胸は貧弱で、肋骨が醜く浮いて見えているので、やはり病後のものと思われたにちがいない。老爺のその命令には、大いに面くらったが、けれども、知らぬふりをしているのも失礼のように思われたから、私は、とにかくあいそ笑いを浮べて、それから立ち上った・・・ 太宰治 「美少女」
・・・これが、いわば安全弁のような役目をして気持ちよく折れてくれるので、その身代わりのおかげで肋骨その他のもっとだいじなものが救われるという話である。 地震の時にこわれないためにいわゆる耐震家屋というものが学者の研究の結果として設計されている・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・あらわな肋骨の辺には皮が擦り剥けて赤い血が泥ににじんでいるところがある。馬の腹は波を打つように大きくせわしなく動いている。堪え難い苦痛があの大きな肉体の中一体に脈動しているように思われるが、物を云う事の出来ない馬は黙ってただ口を動かし唇をふ・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫