・・・むかし、正しい武家の女性たちは、拷問の笞、火水の責にも、断じて口を開かない時、ただ、衣を褫う、肌着を剥ぐ、裸体にするというとともに、直ちに罪に落ちたというんだ。――そこへ掛けると……」 辻町は、かくも心弱い人のために、西班牙セビイラの煙・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・おやじは、また、郭進才の場合のように呉の床箆子の附近をさがしまわって、破った、虱のいる肌着が一枚丸めて放ってあるのをつまみ上げ、舌打ちをした。「チッ! まったく、油断もすきもならん! 貴様は、こらッ、田川! ここに寝ていて呉が何をしてい・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 防寒帽子をかむり、防寒肌着を着け、手袋をはき、まるまるとした受領の連中が扉を開けて這入ってくると、待っていた者は、真先にこうたずねた。「だめだ。」「どうしたんだい?」「奉天あたりで宿営して居るんだ。」「何でじゃ?」・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ち上がり、逃げるように五、六歩あるきかけて、また引返し、上衣の内ポケットから私の仲間の百円紙幣を五枚取り出し、それからズボンのポケットから私を引き出して六枚重ねて二つに折り、それを赤ちゃんの一ばん下の肌着のその下の地肌の背中に押し込んで、荒・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・よごれの無い印半纏に、藤色の伊達巻をきちんと締め、手拭いを姉さん被りにして、紺の手甲に紺の脚絆、真新しい草鞋、刺子の肌着、どうにも、余りに完璧であった。芝居に出て来るような、頗る概念的な百姓風俗である。贋物に違いない。極めて悪質の押売りであ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・手ぬぐい地の肌着から黒い胸毛を現わしてたくましい腕に木槌をふるうている。槌の音が向こうの丘に反響して静かな村里に響き渡る。稲田には強烈な日光がまぶしいようにさして、田んぼは暑さに眠っているように見える。そこへ羅宇屋が一人来て・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ けれども、私たちは、自分の身につける肌着が清潔であるか、ないかという責任を、誰にゆだねているだろう。わたしたち自身が自分の身のしまつはしている。そうだとすれば、どうして自分の一生の価値のため、そのゆたかさと多様な希望の実現をもたらす生・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・(1)肌着の貝ボタン。 再び静か。淋しい。彼はただ坐って新聞を読んでいるだけだ。――この冬はモスクワで暮そう。どうなろうと、医者が何と云おうとも―― これらには、チェホフの作品中のある光景、気分の断片が照りかえしている。芸術家生・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・その上に長い髪をうねらせて、浅葱色の着物の前が開いて、鼠色によごれた肌着が皺くちゃになって、あいつが仰向けに寝ていやがる。顋だけ見えて顔は見えない。どうかして顔が見たいものだ。あ。下脣が見える。右の口角から血が糸のように一筋流れている。」・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫