・・・そこには参謀肩章だの、副官の襷だのが見えるだけでも、一般兵卒の看客席より、遥かに空気が花やかだった。殊に外国の従軍武官は、愚物の名の高い一人でさえも、この花やかさを扶けるためには、軍司令官以上の効果があった。 将軍は今日も上機嫌だった。・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ ウラジオストックの幼年学校を、今はやめている弟のコーリヤが、白い肩章のついた軍服を着てカーテンのかげから顔を出した。「ガーリヤは?」「用をしてる。」「一寸来いって。」「何です? それ。」 コーリヤは、松木の新聞包を・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・「何で、俺の肩章が分らんのだ! 何で俺のさげとる軍刀が分らんのだ!」 それが不思議だった。胸は鬱憤としていっぱいだった。「もっと思うさまやってやればよかったんだ! やってやらなきゃならんのだった!」 彼は、頭蓋骨の真中へ注意・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・兵士は病兵の顔と四方のさまとを見まわしたが、今度は肩章を仔細に検した。 二人の対話が明らかに病兵の耳に入る。 「十八聯隊の兵だナ」 「そうですか」 「いつからここに来てるんだ?」 「少しも知らんかったんです。いつから来た・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ひょろ長い支那人のような後姿を辻に立った巡査が肩章を聳かして寒そうに見送った。 竹村君は明けると三十一になる。四年前に文学士になってから、しばらく神田の某私立学校で英語を教えていた。受持の時間に竹村君が教場へはいるときに首席にいる生徒が・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・両わきの小猿は、あまり小さいので、肩章がよくわかりませんでした。 小猿の大将は、手帳のようなものを出して、足を重ねてぶらぶらさせながら、楢夫に云いました。「おまえが楢夫か。ふん。何歳になる。」 楢夫はばかばかしくなってしまいまし・・・ 宮沢賢治 「さるのこしかけ」
・・・この日は白い海軍中尉の服装で短剣をつけている彼の姿は、前より幾らか大人に見えたが、それでも中尉の肩章はまだ栖方に似合ってはいなかった。「君はいままで、危いことが度度あったでしょう。例えば、今思ってもぞっとするというようなことで、運よく生・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫