・・・同じことは能楽の面の顔についても人形芝居の人形の顔についてもいわれる、これらの顔は泣いているともつかず怒っているともまた笑っているともつかぬ顔である。しかしまたそれだから、大いに泣き、大いに怒りまた笑った顔となりうる潜在能をもった顔である。・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・たとえば、勅使接待の能楽を舞台背景と番組書だけで見せたり、切腹の場を辞世の歌をかいた色紙に落ちる一片の桜の花弁で代表させたりするのは多少月並みではあるがともかくも日本人らしい象徴的な取り扱い方で、あくどい芝居を救うために有効であると思われた・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・世阿弥の能楽に関する著書など、いわゆる文章としてはずいぶん奇妙なものであるが、しかしまた実に天下一品の名文だと思うのである。 それで、考え方によっては科学というものは結局言葉であり文章である。文章の拙劣な科学的名著というのは意味をなさな・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・舞台の奥に奏楽者の席のあるのは能楽の場合も同様であるが、正面に立てた屏風は、あれが方式かもしれないが私の眼にはあまり渾然とした感じを与えない。むしろ借りて来たような気のするものである。 烏帽子直垂とでもいったような服装をした楽人達が色々・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・や「能楽」のように西洋人に先鞭をつけられないうちにだれか早く相撲の物理学や生理学に手をつけたらどうかと思うのである。 相撲の歴史については相当いろいろな文献があると見えて新聞雑誌でそれに関する記事をしばしば見かけるようであるが、しかしそ・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・生花はもちろん茶道、造園、能楽、画道、書道等に関する雑書も俳諧の研究には必要であると思う。たとえば世阿弥の「花伝書」や「申楽談義」などを見てもずいぶんおもしろいいろいろのものが発見さるるようである。日本人でゲーテやシェークスピアの研究もおも・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 上記の夢を見てから一と月も後に博物館で伎楽舞楽能楽の面の展覧会があって見に行った。陳列品の中に獅子舞の獅子の面が二点あったが、その面に附いている水色に白く水玉を染出した布片に多分鬣を表わすためであろう、麻糸の束が一列に縫いつけてある。・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
・・・古風な美人立の顔としてはまず申分のない方であるが、当世はやりの表情には乏しいので、或人は能楽の面のようだと評し、又或人は線が堅くて動きのない顔だと言った。身丈は高からず低からず、肉付は中の部である。着物の着こなしも、初て目見得の夜に見た時の・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・そして、世界文化のなかにあっても特殊に優雅である日本文化の典型として茶の湯、生花、能楽、造園、日本人形や日本服があげられる。 外国の人も日本文化の特長を手早くとりまとめようとするとき、こういう特長をとらえたことは、卑俗な日本の輸出品が、・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ イギリスの皮肉屋の爺さんであるバーナード・ショウだの、現代物理学の神であるアインシュタインだのが日本の能楽の価値を理解したのは、文化への共感として当然であるけれども、そして、外務省が出版する雑誌やパンフレットに能の美を語る理由もわかる・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
出典:青空文庫