・・・――未熟なれども、家業がら、仏も出せば鬼も出す、魔ものを使う顔色で、威してはみましたが、この幽霊にも怨念にも、恐れなされませぬお覚悟を見抜きまして、さらば、お叶え下されまし、とかねての念願を申出でまして、磔柱の罪人が引廻しの状をさせて頂き、・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 独で画を書いているといえば至極温順しく聞えるが、そのくせ自分ほど腕白者は同級生の中にないばかりか、校長が持て余して数々退校を以て嚇したのでも全校第一ということが分る。 全校第一腕白でも数学でも。しかるに天性好きな画では全校第一の名・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 無常迅速生死事大と仏家は頻りに嚇して居る、生は時としては大なる幸福ともなり、又た時としては大なる苦痛ともなるので、如何にも事大に違いない、然し死が何の事大であろう、人間血肉の新陳代謝全く休んで、形体・組織の分解し去るのみではない歟。死・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・相手をすかしたり、なだめたり、もちろんちょいちょい威したりしながら話をすすめ、ああよい頃おいだなと見てとったなら、何かしら意味ふかげな一言とともにふっとおのが姿を掻き消す。いや、全く掻き消してしまうわけではない。素早く障子のかげに身をひそめ・・・ 太宰治 「玩具」
・・・和漢の書を引て瞽家を威し。しつたぶりが一生の疵になつて……」というのである。 西鶴の知識の種類はよほど変っている。稀に書物からの知識もあるが、それはいかにも附焼刃のようで直接の読書によるものと思われないのが多い。彼の大多数の知識は主とし・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・の裁判でもすることか、風紀を名として何もかも暗中にやってのけて――諸君、議会における花井弁護士の言を記臆せよ、大逆事件の審判中当路の大臣は一人もただの一度も傍聴に来なかったのである――死の判決で国民を嚇して、十二名の恩赦でちょっと機嫌を取っ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・三年たつうちに、民主化されようとする波をかいくぐって生きのびて来た旧い権力者たちは、日本の封建性というものをさかてにとって、日本の民主化を威脅しはじめている。一九四六年の日本でこそ、封建的なものは、民主的なものに反する性質をもっていることが・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・勿論、当然恐ろしかるべき猫や犬は影さえない。脅しの影を投げるだろう石燈籠も、大木も、人も居ない。私は遠く縁に引込んで、息をするほの身じろぎもすまいとして居る。其に拘らず、雀は、何と云う用心のしようだろう。何と云う小心なことだろう。 チョ・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・当時の権力はまんなかに治安維持法の極端な殺人的操法をあらわに据えて、それで嚇し嚇し、一方では正直に勇敢だった人々を益々強固な抵抗におき、孤立させ、運動を縮みさせ、他面では、すべての平凡な心情を恐怖においたてて、根本は治安維持法に対するその恐・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・斑犬は、その二つの笑顔を眺めているから、父の嚇しを本気にしないらしかった。だんだん、彼も遊ぶ気になったと感違いさえしたらしく見えた。千切れそうに益々尾を振り、父が追うのを断念して歩き出すと、忽ちくっついて来る。佐和子はふざけて言った。「・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
出典:青空文庫