・・・かすかな音であったけれども、脊柱の焼けるような思いがした。女が、しのんで寝返りを打ったのだ。」「それで、どうした?」「死のうと言った。女も、――」「よしたまえ。空想じゃない。」 客人の推察は、あたっていた。そのあくる日の午後・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・そうして危険になったら脊柱に針を刺して水を取ったりいろいろのことをしなければならないそうである。 自分も小学生時代に学校の玄関のたたきの上で相撲をとって床の上に仰向けに倒され、後頭部をひどく打ったことがある。それから急いで池の岸へ駆けて・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・なんでも紙撚だったか藁きれだったか忘れたが、それでからだのほうぼうの寸法を計って、それから割り出して灸穴をきめるのであるが、とにかく脊柱のたぶん右側に上から下まで、首筋から尾びていこつまでたしか十五六ほどの灸穴を決定する。それに、はじめは一・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ その曲がった脊柱のごとくヘテロドックスなこの老学者がねずみの巣のような研究室の片すみに、安物の籐椅子にもたれてうとうととこんな夢を見ているであろう間に、容赦なく押し寄せる野球時代の波の音は、どこともない秋晴れの空の果てから聞こえて・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
出典:青空文庫