・・・新らしい波はとにかく、今しがたようやくの思で脱却した旧い波の特質やら真相やらも弁えるひまのないうちにもう棄てなければならなくなってしまった。食膳に向って皿の数を味い尽すどころか元来どんな御馳走が出たかハッキリと眼に映じない前にもう膳を引いて・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・したがって文芸の中でも道徳の意味を帯びた倫理的の臭味を脱却する事のできない文芸上の述作についてのお話と云ってもよし、文芸と交渉のある道徳のお話と云ってもよいのです。それでまず道徳と云うものについて昔と今の区別からお話を始めてだんだん進行する・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・しかしそう考えた私はついに一種の淋しさを脱却する訳に行かなかったのです。私は意見の相違はいかに親しい間柄でもどうする事もできないと思っていましたから、私の家に出入りをする若い人達に助言はしても、その人々の意見の発表に抑圧を加えるような事は、・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・あるいはこの諸件を擯斥するに非ず、口にこれを称し、事にこれを行うといえども、その心事の模範、旧物を脱却すること能わざる者なり。 これを方今、我が国内にある上下二流の党派という。一は改進の党なり、一は守旧の党なり。余輩ここに上下の字を用ゆ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・一、私塾中は起居自由にして一物の身を束縛するなく、官途の心雲を脱却して随意に書を読み、一刻も読書に費さざるの時なく、一語も文学にわたらざるの談なし。身心流暢して苦学もまた楽しく、したがって教えしたがって学び、学業の上達すること、世人の望・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・わずかに地理歴史の初歩を読むも、その心事はすでに旧套を脱却して高尚ならざるを得ず。いわんや彼の西洋諸大家の理論書を窺い、有形の物理より無形の人事に至るまで、逐一これを比較分解して、事々物々の原因と結果とを探索するにおいてをや。読てその奥に至・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・に接し、その言を聴き、その書を読み、その風俗を視察するときは、事の内実はともかくも、その表面のみにても、これを日本の事態に比して大いに異なる所あるを発明し、大いに悟りて自ら新たにし、儒流洒落の不品行を脱却して紳士の正に帰すべきはずなるに、言・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・十九世紀で暴威を逞くした思索の奴隷になっていたんで、それを弥々脱却する機会に近づいているらしく見える。新理想とか何とか云い出すな、まだレフレクションに捉われてる証拠さ。併しさすがに以前の理想では満足出来ん所から、新理想主義になって来たんだ。・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・という従来の規定を脱却するあたわざりしに因る。曙覧はまずこの第一の門戸を破りて、歌界改革の一歩を進めたり。〔『日本』明治三十二年三月三十日〕 曙覧が客観的景象を詠ずるは、新材料を入れたることにおいて、新趣味を捉えしことにおいて、・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・あらゆる日本の婦人が今日ほどの時間を台所にしばりつけられていて、どうして封建性からの脱却があるだろう。 こういう現実に反抗して、字づらで示されている平等と民主化のぎりぎりのところまで自分たちの若い生活を拡げようとしている若い男女もあると・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
出典:青空文庫