・・・青扇は茶碗をむりやりに僕に持たせて、それから傍に脱ぎ捨ててあった弁慶格子の小粋なゆかたを坐ったままで素早く着込んだ。僕は縁側に腰をおろし、しかたなく茶をすすった。のんでみると、ほどよい苦味があって、なるほどおいしかったのである。「どうし・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ せせら笑ってそう言ってから、私は手袋を脱ぎ捨て、もっと高価なマントをさえ泥のなかへかなぐり捨てた。私は自身の大時代なせりふとみぶりにやや満足していた。誰かとめて呉れ。 百姓は、もそもそと犬の毛皮の胴着を脱ぎ、それを私に煙草をめぐん・・・ 太宰治 「逆行」
・・・私は熊本君から風呂敷を借りて、それに脱ぎ捨てた着物を包み、佐伯に持たせて、「さあ行こう。熊本君も、そこまで、どうです。一緒にお茶でも、飲みましょう。」「熊本は勉強中なんだ。」佐伯は、なぜだか、熊本君を誘うのに反対の様子を示した。「こ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・そうして後で、私を馬鹿先生ではないかと疑い、灯が見えるかねと言い居ったぞ等と、私の口真似して笑い合っているのに違いないと思ったら、私は矢庭に袴を脱ぎ捨て海に投じたくなった。けれども、また、ふと、いやそんな事は無い。地図で見ても、新潟の近くに・・・ 太宰治 「佐渡」
イエスが十字架につけられて、そのとき脱ぎ捨て給いし真白な下着は、上から下まで縫い目なしの全部その形のままに織った実にめずらしい衣だったので、兵卒どもはその品の高尚典雅に嘆息をもらしたと聖書に録されてあったけれども、 妻・・・ 太宰治 「小志」
・・・和服に着換え、脱ぎ捨てた下着の薔薇にきれいなキスして、それから鏡台のまえに坐ったら、客間のほうからお母さんたちの笑い声が、どっと起って、私は、なんだか、むかっとなった。お母さんは、私と二人きりのときはいいけれど、お客が来たときには、へんに私・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・言いながら、足袋を脱ぎ、高足駄を脱ぎ捨て、さいごに眼鏡をはずし、「来い!」 ぴしゃあんと雪の原、木霊して、右の頬を殴られたのは、助七であった。間髪を入れず、ぴしゃあんと、ふたたび、こんどは左。助七は、よろめいた。意外の強襲であった。うむ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・しかし泳ぎの達人であった王は、盾の下で鎖帷子を脱ぎ捨てここを逃げのびてヴェンドランドの小船に助けられたといううわさも伝えられた。ともかくも王の姿が再びノルウェーに現われなかったのは事実である。 すぐれた英雄の戦没した後に、こういううわさ・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・竹村君は外套の襟の中で首をすくめて、手持無沙汰な顔をして娘の脱ぎ捨てた下駄の派手な鼻緒を見つめていたが、店の時計が鳴り出すと急に店を出た。 神田の本屋へ廻って原稿料の三十円を受取った。手を切りそうな五円札を一重ねに折りかえして銅貨と一緒・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・泥濘のひどい道に古靴を引きずって役所から帰ると、濡れた服もシャツも脱ぎ捨てて汗をふき、四畳半の中敷に腰をかけて、森の葉末、庭の苔の底までもとしみ入る雨の音を聞くのが先ず嬉しい。塵埃にくすぶった草木の葉が洗われて美しい濃緑に返るのを見ると自分・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
出典:青空文庫